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  • 第2回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会開催レポート

    第2回  エルゴチオネイン・セレノネイン研究会  プログラム&抄録集  2021年11月17日(水)  13:00 ~ 16:50  【主 催】株式会社ユーグレナ  【共 催】健康長寿食品研究開発プラットフォーム  (お-09)  【後 援】農林水産省 「知」の集積と活用の場  ご挨拶   「第2回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会」を2021年11月17日(水)に、株式会社ユーグレナの主催でオンラインにて開催する運びとなりました。  エルゴチオネインは、栄養素的な観点から、「長寿ビタミン」と称されたりもする抗酸化性の有用機能性分子で、我々の食事ではキノコや発酵食品などの成分として多く含まれています。セレノネインは、エルゴチオネインと構造的に類似した抗酸化性分子であり、似て非なる有用性が明らかにされつつあり、マグロ等の魚類の血合いに多く含まれています。近年、エルゴチオネインやセレノネインの生理機能解明に向けた研究が日本並びに世界で精力的に展開され、多様な側面からヒトの健康(認知機能、炎症抑制等々)に資する効能が明らかになってきています。それゆえ、我々の生活に関わる化粧品・医薬品・健康食品等の製品の機能性原料としての実用化も進んでおります。今後は、生産・流通や用途開発・製品化が加速し、エルゴチオネインやセレノネインを中心とする産業・市場構造の本格的な勃興が予想されます。同時に、各種商品開発・市場シェアの獲得等について競争的な時代に突入します。今日現在は、「エルゴチオネイン・セレノネイン産業が開化期を迎えようとしている」という時機と捉えられます。この状況を鑑み、昨年には「エルゴチオネイン・セレノネイン研究会」を発足し、キックオフとして第1回講演会を催しました。幸運にも日本を代表する研究者、企業開発者が集い、一般層にも及ぶ幅広い関係者による各分野の最前線の研究開発、実用化構想等の有益な発表・議論の貴重な機会になりました。これにより、産学融合コミュニティーの連携促進、国民一般消費者への周知・普及の一助になれたかと存じます。次なる一歩を踏み出すべく、今回、第2回の研究会の開催にこぎつけ、昨年に勝るとも劣らない業界のキーパーソンに登壇頂きます。その講演内容は、去年時点ではまだこの世に存在しない、つまり、この一年で生まれたホットトピック・成果等も多いと伺っており、正にタイムリーな知見共有の機会となるでしょう。  最後に、改めて社会的・科学技術的・産業的に重要なタイミングにあるエルゴチオネイン・セレノネインについて、国内の産学官の関係者が一同に会し、智恵を結集し、国際競争力を発揮する有機的な連携を図り、また国民消費者の認知・理解を普及する試みの一環として、参加される皆様各人それぞれの積極的な活動を望みます。本研究会が、人類社会の未来に向けて有意義な礎となることを信じてやみません。  第2回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会 幹事  筑波大学生命環境系 准教授 大津厳生  運営委員  実行委員長  鈴木健吾(株式会社ユーグレナ執行役員研究開発担当)  実行委員  大津厳生(筑波大学生命環境系)※幹事  河野祐介(筑波大学生命環境系)  西村和生(株式会社ユーグレナ商品開発部)  橋本(丸川)祐佳(株式会社ユーグレナ研究開発部)  堀内真展(株式会社ユーグレナ商品開発部)  豊川知華(株式会社ユーグレナ研究開発部)  森京子(愛京産業株式会社 代表取締役)  講演会司会  豊川知華(株式会社ユーグレナ研究開発部)  「知」の集積と活用の場 健康長寿食品研究開発プラットフォーム(お-09)  プロデューサー  森京子(愛京産業株式会社 代表取締役)  大津厳生(筑波大学理工情報生命学術院 准教授)  森光一郎(ホクト株式会社開発研究課 係長)  大池秀明(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構  畜産研究部門 上級研究員)  プログラム  13:00 - 13:10 開会挨拶(実行委員長)  鈴木健吾(株式会社ユーグレナ 執行役員研究開発担当)  13:10 - 13:40 特別講演「エルゴチオネイン高生産スマートセルの開発  ~発酵由来高純度EGTの事業化を目指して~」  仲谷豪(長瀬産業株式会社 ナガセR&Dセンター コア技術課 課統括)  13:40 - 13:45   -------- 休憩(5分)--------  13:45 - 14:05 招待講演1「コリネ型細菌・出芽酵母を用いたエルゴチオネインの発酵生産」  平沢敬(東京工業大学生命理工学院 准教授)  14:05 - 14:25 招待講演2「郵送検査とエルゴチオネインの可能性」  瀧本陽介(株式会社ヘルスケアシステムズ 代表取締役)  14:25 - 14:45 招待講演3「食用きのことエルゴチオネイン」  森光一郎(ホクト株式会社開発研究課 係長)  14:45 - 14:55   -------- 休憩(10分)--------  14:55 - 15:15 招待講演4「米麹によるエルゴチオネイン生産」  吉冨健一(株式会社咲吉 代表取締役)  15:15 - 15:35 招待講演5「『エルゴチオネイン』を関与成分とする機能性表示食品『記憶の番人』の開発」    松本聡(株式会社エル・エス コーポレーション 製造開発部 開発    執行役員)  15:35 - 15:55 招待講演6「微生物の育種によるエルゴチオネイン生産系の構築」  石口竜誠(筑波大学生物資源科学学位プログラム 修士課程)  15:55 - 16:05   -------- 休憩(10分)--------  16:05 - 16:25 招待講演7「セレノネインによるヒトの未病改善効果を検証する研究」  世古卓也(水産機構・技術研・環境・応用部門・水産物応用開発部)  16:25 - 16:45 総合討論  司会:鈴木健吾(株式会社ユーグレナ 執行役員研究開発担当)  16:45 - 16:50 閉会挨拶(共催者代表)  森京子(「知」の集積と活用の場 健康長寿食品研究開発プラットフォーム プロデューサー)  特別講演  エルゴチオネイン高生産スマートセルの開発  ~発酵由来高純度EGTの事業化を目指して~  仲谷豪, 野口祐司, 石井伸佳, 松本淳, 小坂邦男,  仲島菜々実, 佐古田昭子, 吉田有紀, 西村優花, 嘉悦佳子  長瀬産業㈱  エルゴチオネイン(以下、EGT)はキノコなどに微量含まれる抗酸化能に優れた天然アミノ酸で、食品、化粧品、医薬品等の幅広い分野での利用が期待されている。EGTは体内で合成できないが、各組織において発現するEGT特異的な輸送体OCTN1が食事由来のEGTを細胞内に取り込むことが分かっている。近年の研究で、EGTは活性酸素種を消去し、加齢によって起こるしわや、認知機能低下などの発現を遅らせる可能性が示されている。また、体内EGTレベルの低下と、認知症、軽度認知障害、フレイル、パーキンソン病、循環器疾患との間には相関性があることも示されている。OCTN1の発見と上記の疾患との関係解明から、長期的な健康に不可欠で食事から摂取すべき「長寿ビタミン」の一つとして提唱されるなど、市場におけるEGT利用への期待が年々高まっている。  当社開発開始時には、EGTの製法としては天然物からの抽出法、化学合成法が知られていたが、純品換算で数千万円/kgといったものが多く、サプリメントや化粧品などで十分量使用できる価格のものは存在しなかった。また、使用時の扱いやすさの観点から他のアミノ酸類のように高純度品に関するニーズがあることが判明した。こうした背景から、ナガセR&Dセンターでは、2014年より発酵法を用いて安価かつ高純度なEGTを安定供給できる環境配慮型バイオ生産プロセスの開発を進めてきた。さらに2016年からは、NEDOのスマートセルプロジェクトに参画し先端バイオ技術を利用することで、EGT生産能力向上を加速してきた。これまでに、研究開始時の生産菌と比較し約1000倍以上まで生産性を高め、当社の事業化目標を超える生産菌の開発に成功した。また、生産菌開発と並行して進めてきた、培養プロセス、高度精製プロセスについても開発が完了し、現在、来年度以降の事業化に向けた検討を鋭意進めている段階である。本発表では、当社のEGT生産研究に加え、魅力的な素材であるEGTについて一般の方々に知ってもらい、産業として盛り上げていくために当社にどういったことができるかといった点にも触れたい。  招待講演1  コリネ型細菌・出芽酵母による  エルゴチオネインの発酵生産  平沢 敬  東京工業大学 生命理工学院  高い抗酸化能に基づく有用な生理作用を示すことで注目されているエルゴチオネイン (以下EGT)は、産業応用に向けてその供給量の向上が求められている。我々は、EGTの供給向上に向けて、微生物を用いたEGTの発酵生産に取り組んでいる。本講演では、アミノ酸などの有用物質の発酵生産に用いられるコリネ型細菌Corynebacterium glutamicumおよびアルコール醸造などに用いられる出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの組換え株によるEGTの発酵生産について、我々の取り組みを紹介する。  コリネ型細菌によるEGTの発酵生産  Mycobacterium smegmatis由来のEGT生合成遺伝子egtABCDEをC. glutamicumの野生株に導入した組換え株において、培養開始2週間後にEGTを20 mg/L程度生産することを見いだした。また、システイン生産株 (Kondoh and Hirasawa, Appl. Microbiol. Biotechnol., 2019; Kishino et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 2019)を宿主に用いることで、EGTの生産性を2倍程度向上させることに成功した。  EgtAはγ-グルタミルシステインの生成反応を触媒するが、C. glutamicumはEgtAのホモログを有する。そこで、egtA以外のegtBCDE遺伝子をシステイン生産株に導入し、EGT生産を評価したところ、培養開始2週間後に70 mg/L以上の生産に達し、egtA遺伝子を導入しない方が高い生産性を示すことが明らかとなった。  出芽酵母によるEGTの発酵生産  分裂酵母Schizosaccharomyces pombe由来のEGT生合成遺伝子egt1・egt2をS. cerevisiaeに導入した組換え株において、培養開始2週間後に40 mg/L程度のEGTを生産することが確認された。また、EGTの生合成に必要となるヒスチジン・システイン・メチオニンを培地に添加することで、その生産量を2倍程度増加させることに成功した。一方、M. smegmatis由来egtABCDE遺伝子を導入した組換え株においては、EGTの生産は確認されなかった。  招待講演2  郵送検査とエルゴチオネインの可能性  瀧本陽介  ㈱ヘルスケアシステムズ  エルゴチオネインは、近年の研究によって生体内における様々な機能性に関する報告と吸収動態の解明が進んでおり、次世代の機能性食品素材として注目が高まっている。我々は、エルゴチオネインの抗酸化能に着目し、精子運動性の改善と男性不妊に対する有用性検討を進めており、豚精液への添加実験とヒト臨床試験にて良好な結果を得ることができた。  一方で、動物や植物はエルゴチオネインを生合成することができないため、キノコや一部の細菌が産生したエルゴチオネインを、根から吸収したり食物から摂取して生体内に取り込んでいる。つまりヒトは、食事バランスによって生体内のエルゴチオネイン量に個人差があると想像される。  我々は、生活習慣や食生活に密接にかかわる未病バイオマーカーを開発し、一般消費者が手軽に検査できる郵送検査キットによってサイエンスに基づいた行動変容を実現しようとしている。これまでに血液や尿、唾液などの生体試料から、酸化ストレスマーカーや食品成分の腸内細菌代謝物、ビタミンやミネラルなどの検査キットを上市し、50万人を超えるユーザーに検査結果を提供してきた。  現在、エルゴチオネイン充足度を測定する検査キットを開発しており、近い将来、多くの人が手軽に自らの状態を調べられるようにしたいと考えている。さらに、郵送検査の利便性によって、食生活とエルゴチオネインの関係解明やコホート調査といった大規模研究に貢献できることを願っている。  招待講演3  食用キノコとエルゴチオネイン  森光一郎, 花山幹, 土居香織, 安積良仁, 川井絢矢  ホクト㈱開発研究課  現在、食品向けのエルゴチオネイン(以下EGT)原料として、主にタモギタケやササクレヒトヨタケというキノコが利用されています。一方、ヒラタケ、エリンギ、ブナシメジといった一般的な食用キノコにもEGTは豊富に含まれています。弊社はキノコメーカーの立場からEGTの普及と市場拡大を目指すため、食用キノコとその加工品のEGT量の調査、食育活動やWebでのEGT普及活動、EGT含有キノコの機能性解明、より魅力あるEGT含有キノコの開発などを進めています。  私達の調査では、EGTはヒラタケ属のキノコに多い傾向が見られています。弊社が生産する生鮮キノコの中でEGT含有量が最も多い霜降りひらたけには、今年度よりEGTの強調表示を開始しました。一人でも多くの人に、EGTを知ってもらいたいと考えています。  EGTはその抗酸化能により、認知症、フレイル、心血管疾患など様々な疾患の予防に関わる作用を有すると推測されています。その一つとして、弊社は皮膚障害の抑制作用について、金沢大学医薬保健研究域 加藤将夫教授と共同研究を行っています。紫外線誘導性皮膚障害モデルマウスを用いた実験では、霜降りひらたけの投与により、血漿および皮膚組織のEGT濃度上昇とともに、UVB照射による皮膚バリア能低下、肌水分量低下、および表皮肥厚といった皮膚障害が抑制されることを確認しています。現在、その分子メカニズムの解明に向け試験を継続しています。  EGTは、発酵生産の技術開発や、欧米においては食品への化学合成品の利用も進む中、国内の食品向け原料はキノコ由来のものが主流です。きのこによる効率的で安定的なEGT生産技術について、今後の市場で求められるものを開発したいと考えています。キノコのEGTにご興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非ご意見やご要望をお聞かせ下さい。  招待講演4  米麹によるエルゴチオネイン生産  吉冨健一1  1㈱咲吉     弊社は長崎県にある麹菌を使った商品の製造販売の会社です。長崎県健康長寿部会の部員として、健康寿命延伸につながる付加価値の高いヘルスケアサービスの創出に取組んでおります。  2017年9月、ニューヨークで行われた日本食レストランショーへの出展が決まり、出展する「冷凍生甘酒」の機能性を謳うために商品の様々な検査をおこない、その中にごく僅かにエルゴチオネインが含有される事を知りました。それを機に、エルゴチオネイン(以下EGT)の研究を開始しました。  自社商品のEGT含有量の調査を行ったところ最大で100gの甘酒中にEGT3.7㎎含有することが確認できました。その後継続してEGTの生合成経路に注目してコウジ菌の培養条件の検討を続けておりましたが、試験の都度自分で食していくなかで、自分の肌、頭髪、気分の変化に気がつきました。このことから、食す以外に、皮膚へ塗布の実験も開始しました。2019年には100gにEGT10㎎を含有した化粧品原料「咲吉生糀甘酒」を上市しています。また食品用途では米とコウジのみでEGT高含有化を実現した「咲吉麹」を完成させています。  そんな中、昨年の第一回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会に参加したことをきっかけに株式会社ユーグレナとの共同研究を開始しました。微細藻類ユーグレナは優れたアミノ酸バランスをもっているゆえに、EGTの原料となる含硫アミノ酸の含有率も米と比較して高くなっています。また、ユーグレナ自身でもEGTを含有していることが分かっており、ユーグレナ社の既存原料である「ミドリ麹」においても通常の米麹と比較してEGT含有量が高くなることが報告されていました。このことから、咲吉麹の発酵基質としてユーグレナを加えることで、さらなるEGTの高含有化が目指せると考えました。添加するユーグレナ濃度とコウジ菌の種類を検討した結果、咲吉麹では少量のユーグレナ添加でも米のみを基質にする場合と比較してEGTを高含有化できることがわかりましたので現時点での結果を報告します。  また、日本の食文化に欠かせない米と麹がもたらす可能性についても考察します。  招待講演5  『エルゴチオネイン』を関与成分とする機能性表示食品『記憶の番人』の開発  松本聡  ㈱エル・エス コーポレーション製造開発部 開発 執行役員  これまで機能性を表示できる保健機能食品は「特定保健用食品(トクホ)」と「栄養機能食品」に限られていましたが、2015年4月に機能性表示食品制度がスタートし、国の定めるルールに基づき、事業者が食品の安全性と機能性に関する科学的根拠などの必要な事項を、販売前に消費者庁長官に届け出れば、機能性を表示することができる制度で、トクホと異なり、事業者自らの責任において、科学的根拠を基に適正な表示を行う必要があります。2021年11月5日現在までに4651件の届出数が受理されており、記憶や注意をヘルスクレームに使用している届出数406件、上位①イチョウ葉由来(フラボノイド配糖体、テルペンラクトン)、②EPA・DHA、③大豆由来ホスファチジルセリンである(当社調べ)。エルゴチオネインは2件  今回、タモギ茸由来のエルゴチオネインを機能性関与成分とする日本初の機能性表示食品「記憶の番人」が、認知機能をサポートする食品として2021年1月に「機能性表示食品届出No.F682」消費者庁に受理されました。エルゴチオネインとしては、新規届け出となるために申請資料中に特に重要な項目がございます。一つは安全性、もう一つは、表示しようとする機能性の妥当性についてです。表示しようとする機能性(ヘルスクレーム)は「本品にはエルゴチオネインが含まれます。抗酸化作用をもつエルゴチオネインは継続的な摂取により、中高年の方の記憶力(人や物の名前などを記憶し、後から呼び起こす能力)及び注意力(物事に対して注意を集中して持続させる能力)を維持する機能があります。」としました。           私達は、ヒト臨床試験(ランダム化プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験)および層別解析を用いた方法からその妥当性を導き出し機能性表示食品の申請に用いました。主要アウトカムとしては、Cognitrax認知機能検査を利用して認知機能について評価しました。  今回の研究会発表においては、機能性表示食品申請までの開発経緯などをお話させて頂き、機能性関与成分のエルゴチオネインを一般消費者の方に啓蒙し、エルゴチオネイン含有食品を利用できるように議論させて頂きたいと考えております。  招待講演6  微生物の育種による  エルゴチオネイン生産系の構築  石口竜誠1, 河野祐介2, 大津厳生2  1筑波大・生物資源, 2筑波大・生命環境  エルゴチオネイン(ERG)は含硫アミノ酸の一種で、抗酸化能に優れ、食品や美容、医療といった幅広い分野での産業的応用が期待される。ERGは、キノコ(担子菌類)や麹菌、分裂酵母などの真菌類、細菌の一部が生合成可能だがヒトは不可能である。そのため、ヒトは、含硫アミノ酸を有する食材として摂取しなければならない。現状、市場流通するERGは化学合成的な製造品であり、グラム当たり数十~百万円と非常に高価で、製造プロセスでの溶剤の使用等による環境負荷も高いと考えられる。そこで、本研究では、より安価で低環境負荷な代替法として、微生物の発酵生産法によるERG大量生産系の技術を確立することを目的とする。  当研究室で構築してきたシステイン(Cys)生産大腸菌を利用した(Tanaka et al., Scientific Reports 2019)。ただし、大腸菌はERG生合成遺伝子を持たない。そこでERG生合成酵素遺伝子群としてマイコバクテリア由来egtABCDE遺伝子を導入及び強制発現させた育種株を作製し、基質添加量等の培養条件を検討した結果、大腸菌でのERG生産に世界で初めて成功した (Osawa et al., J. Agric. Food Chem., 2018)。本来バクテリアが有するEgtBはγ-グルタミルシステインを基質とするが、Cys生産大腸菌の強みを活かして、Cysを基質とするバクテリアタイプのEgtBを探索し(システインを基質として利用できる真核生物は存在してる)メチロバクテリア由来EgtBに置き換えることで、ERG生合成の少ステップ化(詳細は発表にて)と同時に生産性の改善(657 mg/L)を果たした(Kamide et al., J. Agric. Food Chem., 2020)。以上はフラスコ培養の結果であるが、工業生産を見据え、ジャーファメンターによる流加培養法での培養スケールアップも試みた。しかし、予想に反しERG生産量は低かった。よって、有機物含量を増やす方向で培地組成の検討を行った結果、比較的短かい培養時間で1.6 g/LのERG生産性を実現できた。ただし、依然としてヘルシニン蓄積も見られる。現在、このヘルシニンが、生産ERGと菌体で生じる過酸化水素の反応物(Servillo et al., Free Radic. Biol. Med., 2015)に由来すると仮説して、育種や培養系の改善を図っており、本発表ではこれらの結果について報告・議論したい。  招待講演7  セレノネインによる  ヒトの未病改善効果を検証する研究  世古卓也1, 山下由美子1, 山下倫明2, 臼井一茂3,  杉下陽堂4, 唐澤里江4, 遊道和雄4  1水産機構・技術研・環境・応用部門・水産物応用開発部  2水産機構・水大校・水産学研究科  3神奈川県水産技術センター  4聖マリアンナ医科大学・難病治療センター  セレノネインは、マグロ類やサバ類の血液や内蔵、血合筋に多く含まれ、強力な抗酸化能を有することから、その利用や健康に与える影響が期待されている。魚食頻度の高い人や、セレノネインを多く含む海棲哺乳類を食べる習慣のある人々の赤血球に多くのセレノネインが蓄積していることも報告されており、近年では魚食と健康に関する重要な因子として研究が進められている。一方で、実際に水産物を喫食し、セレノネインが蓄積するという報告はマウス試験にとどまっており、ヒトでの検証が求められてきた。発表者らは①ヒトにおける食事からのセレノネインの蓄積性、②生体内の抗酸化能への影響、③各種健康指標への影響を明らかにし、健康寿命延伸および未病対策に向けたマグロの継続摂取の有効性を明らかにすべく、令和3年度から共同研究を開始した。現在、100名の被験者を対象として、3週間定期的にメバチマグロの赤身もしくは血合筋を刺身として摂食する試験を進めており、①については水産機構を中心にセレノネインや総セレン、各種微量元素、脂肪酸といった項目の評価を進めている。②については神奈川県水産技術センターを中心に血漿を用いた酸化・抗酸化度の測定を行っている。③については聖マリアンナ医科大学難病治療センターを中心に、寿命延長効果に関与するSirtuin 2および腫瘍抑制因子であるP16の発現を評価する。本発表では、令和3年度から発足した共同研究について概説するとともに、近年のセレノネインに関する研究や課題について紹介したい。  御礼  本研究会の開催に当たり、下記の企業の皆様にご協力いただきました事を心よりお礼申し上げます。  農林水産省 「知」の集積と活用の場 産学官連携協議会事務局  アズ・ワールドコム ジャパン株式会社 古川様  「本研究会の開催の告知情報」をメールマガジン及びホームページへ掲載して頂きましたことありがとうございました。 

  • 第1回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会開催レポート

    I.概要  第1回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会が2020年10月8日(木)にオンラインにて開催されました。特別講演と一般演題合わせて10個の最先端研究の発表が行われ、参加者も200人以上に上り、活発な質疑応答も行われました。プログラムは以下の通りです。 主催:株式会社ユーグレナ 共催:健康長寿食品研究開発プラットフォーム(おー09) 後援:農林水産省 「知」の集積と活用の場 II.演題詳細 ①「エルゴチオネインとヒト認知能の関わり」 〇柳田充弘 名誉教授(沖縄科学技術大学院大学G0細胞ユニット)  京都大学生命科学研究科と沖縄科学技術機構(後に大学院大学)で10年以上前に質量分析機を用いた新規メタボリズム研究を開始し、細胞寿命に関わるタンパク質やメタボライトの同定と機能を追求した(Pluskal et al, Mol. Biosyst. 2009; Takeda et al, PNAS, 2010)。分裂酵母の全メタボローム解析によって抗酸化物質であるエルゴチオネイン(以下EGT)含量が培地のグルコース飢餓により上昇し細胞寿命の延長が伴うことを見出した(Pluskal et al, FEBS J, 2011)。次いで窒素源飢餓でもEGT含量が上昇すること(Sajiki et al Metabolites 2013)を見出し、分裂酵母細胞の栄養飢餓に伴う大きな代謝変化の中でEGT並びにセレノネイン(Pluskal et al 2013 Plos One)など関連メタボライトが関わる代謝変動も判明した。EGTの抗酸化作用が寿命延長と関わるならば、EGTは高等生物にも存在するのでヒトを対象とする研究の意義も予想された。このラインの研究を発展させるために以降ヒト研究は京都大学医学研究科の近藤祥司准教授グループ等との共同研究を開始した。包括的な血液メタボロミックスを行うとヒト血液と分裂酵母のパターンは驚くほどよく似ていた(75%の相同性;Chaleckis et al 2014 Mol Biosyst)。しかしEGT含量は老化度(年齢経過)と関わるという結果はえられなかった。その代わり抗酸化の低下は年齢と共に起きるようであった(Chaleckis et al 2016, PNAS)。一方絶食下でEGT含量が血漿中で増大することも見出した(Teruya et al, Scientific Reports, 2019)。わたくしたちはさらにEGTが人の認知能維持と関わるかどうかをフレール患者からサンプルを得ることにより検証した(Kameda et al PNAS 2020)。認知能低下した患者ではEGT含量が有意に相関して低下した。フレール検定された患者ではさらにEGTに加えてS-methyl-EGT、トリメチルヒスチジンのような関連メタボライトも低下した。さらに認知能低下を伴わないサルコペニアとの比較も行った。EGTおよび関連メタボライトとヒト認知能との関係は大変興味深い。 ②「トランスポーターSLC22A4を利用するエルゴチオネインの働き」 〇加藤将夫 教授(金沢大・薬学系)  トランスポーターは、細胞膜に存在し基質となる化合物の取り込みや排出に働く。我々はcarnitine/organic cation transporter 1(OCTN1/Solute carrier 22A4)の生体内での働きを解明したいと考え、その遺伝子欠損マウス(octn1-/-)を作製し、血液と臓器を対象に生体内代謝物の一斉分析(メタボローム解析)を行ったところ、octn1-/-がエルゴチオネイン(ERGO)を体内に持たないことを見出した (Pharm Res 27, 832, 2010)。野生型マウスはOCTN1によって体内にERGOを吸収後、臓器に分配し、腎臓で濾過されたERGOを再吸収することによって体内に留めるため、μM~mMレベルのERGOが体内に存在する。このことは生体がERGOを利用するため体内にトランスポーターを持っていると見ることもできる。以降、トランスポーターを利用しERGOを取り込む意味がどこにあるのかを明らかにしたいと考え研究を行っている。これまでの研究から、臓器炎症の抑制と神経新生・成熟に働く可能性を掴んでいる。実際、小腸虚血再灌流、肝線維化モデル、慢性腎臓病モデル等で野生型に比べoctn1-/-では組織破壊や酸化ストレスが顕著である一方、野生型マウスの炎症部位ではOCTN1が高発現しERGOを積極的に取り込んでいた。水溶性の高いERGOはトランスポーターがあってはじめて細胞膜を透過する。トランスポーターを使ってERGOを濃縮的に細胞内で働かせることが生体防御にとって有利なのかもしれない。ERGOの摂取が疾患の予防にどの程度有効か、さらに検討が必要である。一方、ERGOは水溶性が高いにもかかわらず脳への高い移行性を示し、神経細胞や神経幹細胞でOCTN1によって取り込まれる。ERGOは脳内でアミノ酸シグナルを介して神経栄養因子neurotrophin 5 (NT5)を誘導し、その受容体のリン酸化を促進するとともに、神経幹細胞を神経細胞に分化させる。神経細胞は自身に増殖能力がなく、増殖性細胞である神経幹細胞から神経細胞への分化は神経の新生を示唆する。実際、マウスに 2週間ERGOを経口投与すると記憶・学習能力の向上が見られ、これに神経新生が関わっているかもしれない。最近、(株)エル・エスコーポレーションとの共同研究によりERGOを多く含むタモギタケエキス末の摂取でヒトでも認知機能の向上が示され、ERGOの脳での働きが強く示唆される。 ③「うつとアルツハイマー病の最新研究とエルゴチオネイン」 〇楯林義孝プロジェクトリーダー(公益財団法人東京都医学総合研究所・うつ病プロジェクト)  今後10〜 15年の間に超少子高齢化社会が本格的に日本を襲う。そのこと自体、長く危惧されて来たことではあるが、コロナ禍という想定外の要因も加味された現状、今後実際に何が起こるのか?その実態をリアルに理解するにはかなりの想像力が必要になった。さらに対応策まで考えるのは気の遠くなる作業となりつつある。  私の担当する分野では認知症(特にアルツハイマー病)やうつなどの精神疾患に如何に対応するか?がその最も大きな課題である。私はその最先端の研究現場にいるにも関わらず、現状あまり明るい未来は見えてこない。本講演では、実際私がどの様な危 機感を持っているのか?様々な方面から私なりに検証してみた事実をご紹介するとともに、その解決策としてエルゴチオネインがどの様な(重要な)位置付けにあるのか?皆様と一緒に考えていきたい。 ④「低酸素適応におけるセレノネインの役割」 〇山下倫明教授(国立研究開発法人水産研究・教育機構水産大学校)  セレノネイン2-selenyl-Nα,Nα,Nα-trimethyl-L-histidine はマグロ類の血合筋や血液に高レベルに含まれる主要なセレン化合物である。強力なDPPHラジカル消去活性(RS50値 1.9μM)を有し、ビタミンE誘導体Trolox®(RS50=880)およびエルゴチオネイン(RS50=1700)と比べて著しく高かった。セレノネインを培養細胞や赤血球に投与するとorganic cations/carnitine transporter 1(OCTN1)を介して細胞内に取り込まれ、活性酸素種の生成を抑制することで、ヘムのメト化を抑制した。ブリに投与するとヘモグロビンの酸素解離曲線が右方シフトし、酸素貯蔵能が上昇した。また、セレノネインの蓄積によって筋肉の酸化還元電位が低下し、生体抗酸化作用が向上した。魚類および哺乳類でのセレノネインの蓄積と分布を調べた結果、セレノネインは赤血球に多く含まれ、血漿には含まれなかった。クロマグロの赤血球中には53 mg Se/kgと高レベルに含まれていた。マグロ類、サバ類などの赤身魚の組織に多く含まれており、ニワトリ心臓、ブタ腎臓などの家畜内臓にも痕跡程度に検出された。  鹿児島県離島での健康調査によって、ヒトの赤血球でも、総セレン含量は0.51 mg/kg、セレノネイン含量は0.21 mg Se/kg検出され、魚食頻度に応じて蓄積した。カナダイヌイットの疫学調査では、魚食由来のセレンは心筋梗塞や高血圧予防に関与することが報告されている。魚食によるセレノネインの摂取は、生活習慣病や老化の予防効果が期待される。魚食由来のセレンによる健康機能性を調査するためには、全血または赤血球画分を用いてセレノネイン含量を測定する必要がある。従来の研究では、血清画分がセレンの測定に用いられるが、血清にはセレンタンパク質が含まれ、セレノネインは赤血球に局在するので、魚食由来セレンの蓄積を測定するためには赤血球を用いる必要がある。  これまでの研究成果からセレノネインの生理作用として、①ラジカル生成の防止、②捕捉したラジカル・メチル水銀のエクソソームを介する分泌、③ヘム鉄の自動酸化防止、④金属酵素の阻害、⑤チオール基の化学修飾、⑥セレンタンパク質遺伝子の転写・翻訳調節、⑦レドックス状態のシグナル、⑧ NA損傷修復、などが推定される。このことから、海洋生物では低酸素や深海環境、飢餓、高水温への適応、陸上動物では低酸素や高地への適応、過酸化物の解毒などへの関与が考えられる。 ⑤「セレノネインの標準品製造と代謝研究」 〇世古卓也研究員(水産機構・水技研・環境・応用部門・水産物応用開発部)  セレノネインは、サバ類、マグロ類に多く含まれ、強力な抗酸化能を有することから新たな機能性成分としての利用が期待されている。その含有量測定や機能性評価に精製セレノネインは必須であるが、水産加工残滓を原料としていることや、夾雑物が多いことから標準品を安定的に得るのは困難であった。また、セレノネインの機能性研究が進展する一方で、安全性評価に必要な動態や代謝研究は十分に行われていなかった。本研究では、分裂酵母 株の産生物を用いて、セレノネインの標準品製造に必要な新たな精製法を検討した。また、同位体標識したセレノネインを精製し、マウスに投与することでその臓器蓄積や代謝を評価した。  酵母遺伝資源センターから提供された遺伝子組換分裂酵母株(FY25320)に既報の方法でセレノネインを産生させた。菌体の熱水抽出物をHPLCと逆相カラム(C30)で粗精製した後、ペンタブロモベンジル基を有するカラム(PBr)でセレノネイン単量体をエルゴチオネインから分離・精製した。同位体標識セレノネインはSe-76セレン酸を用いて生合成し、上記と同様の方法で精製した。代謝試験は Balb/cマウスに標識セレノネイン水溶液を胃ゾンデ法及び飲水で投与し、各種臓器と尿を回収した。セレノネインの分析にはLC-PDA-HRMSとICP-MSを用いた。  C30とPBrの2種のカラムを用いてセレノネイン単量体の分離に成功した。しかしセレノネイン単量体は水中で瞬時に二量体を形成し、単量体と二量体の混合物もしくは二量体しか得られなかった。Se-76標識セレノネイン二量体をマウスに投与したところ、尿中からSe-76メチルセレノネインが検出され、セレノネインは検出されなかった。投与した標識セレノネインはすべて二量体であったため、セレノネイン二量体は消化系もしくは生体内で還元され、メチル化されて排出されることが推測された。また、赤血球、肝臓、腎臓、脾臓にセレノネインの蓄積が認められた。 ⑥「北海道産きのこの利用拡大に向けて-特産きのこタモギタケ新品種の開発-」 〇米山彰造研究主幹(道総研・林産試)  タモギタケ(Pleurotus cornucopiae var. citrinopileatus)は,北海道・東北地方を中心に消費されてきた。最近では,品種改良によって日持ちが改善し,東京・大阪方面にも生鮮物が出荷されるとともに,タモギタケ独特の風味や多様な機能性効果が好まれ,国内全域で消費されるようになった。生産量の拡大にともない,北海道立総合研究機構 林産試験場では,品種改良を重ね,生産効率の向上や生鮮および加工に適した品種を開発し,開発品種の国内シェアは 50%以上の 300トン程度で推移している。今後も用途開発による生産量拡大を目指している。  一方,タモギタケは多量の胞子を飛散し,ヒトへの影響や栽培施設の汚染が問題となっており,演者らは突然変異育種により無胞子性タモギタケを開発してきた。また,タモギタケは,高い抗酸化能や記憶学習向上作用を有するアミノ酸の一種であるエルゴチオネイン(EGT)の含量が他のきのこ種に比べ高いが,本菌における EGT含量は菌株間によって大きく異なることを把握した。そこで,演者らは EGT高含量株と無胞子性を付与した菌株を素材として,無胞子性と EGT高含量特性を併せ持つ菌株を二つの方法により,開発した。一つは常法(無胞子性株と EGT高含量株の交配とEGT含量評価)により,無胞子性EGT高含量株を選抜した。もう一つは,育種の効率化のため,植物分野で利用されているTILLING ( Targeting Induced Local Lesions in Genomes ) 法を用い,EGT生合成遺伝子を標的として,変異体リソースからEGT高含量自殖株を得,当該自殖株と既得の無胞子性変異株の交配により,両形質を併せ持つ無胞子性EGT高含量株を作出した。さらに,本研究では,選抜の過程において,無胞子性DNAマーカーの開発およびEGT含量形質のQTL解析による原因遺伝子の探索も行い,タモギタケの分子育種技術の基盤を構築した。  なお,本報告はイノベーション創出強化研究推進事業(開発研究ステージ27036C)の研究成果を日本きのこ学会,日本木材学会,日本菌学会および日本育種学会で報告した内容の一部である。 ⑦「雪国まいたけとエルゴチオネイン」 〇田中昭弘 研究開発推進役(株式会社雪国まいたけ・研究開発部)  我々は、エルゴチオネイン(ERG)の製品化研究を 2011年に開始したが、何故、当時この物質に着目したか、そして現在の当社の開発状況および、世界における ERGの最近の研究動向について論文を紹介する。  研究に着手した10年前は、市場で販売されている純粋なERGは合成品でしかも高価格で、天然由来の精製品は販売されていなかった。ERGはもともと名前の由来にある様に、麦角菌から発見され、キノコ(担子菌類)、麹菌などの真菌類、放線菌、シアノバクテリアといった微生物が産生することが知られていた。そこで、当社が販売するキノコのうち、ERGが多く含有されるヒラタケ類のエリンギに着目し、乾燥子実体からの抽出方法ならびに精製方法を検討し、純粋なERGの取得方法を確立した。現在はエリンギ子実体からの取得方法に加え、更に ERGを多く含有するタモギタケの子実体、また、大量培養しやすいタモギタケ菌子体から純粋なERGを製造することに成功した他、ERG高含有抽出物やERG高含有子実体粉末などの製品開発に至っている。  一方で着手当時は、ERGが各種活性酸素を消去する高い抗酸化能を有し、ミトコンドリアのエネルギー産生による宿命的な酸化ストレスを低減するなど、その有用性について想定される多くの報告があったが、その具体的な機能性について、決め手となるような報告は少なかった。しかし、ここ数年、酸化ストレスと密接な関連があるうつ病やアルツハイマー病などの神経変性疾患に対する有効性が薬理学的に示され、また、キノコを多く摂取することが軽度認知症への移行を抑制し、その作用がERGによるところが大きいという臨床研究が発表されている。  更に、新型コロナ患者の治療に役立つかもしれないというレビューがメタ解析結果ではあるが発表されるなど、その機能性に関して、ERG発見以来100年以上経たつい最近、漸く人類にとっての真の有用性が示されてきていると感じている。  ERGがその有用な機能性にもかかわらず普及してこなかった大きな理由としては、研究のための純品のあまりの価格の高さがボトルネックになっていたことが考えられ、我々としては、純品を安価に提供してERGの研究がさらに加速し、また、ERG関連製品のより安価な消費者への提供と普及が人類の健康と福祉に役立つことを期待している。 ⑧「微細藻類ユーグレナに関連したエルゴチオネイン研究の可能性」 〇鈴木健吾執行役員(株式会社ユーグレナ・執行役員 研究開発担当)  発酵産業において、有用成分であるエルゴチオネイン等に係る硫黄関連の代謝について注目されているが未知の部分も多く存在している。株式会社ユーグレナでは、微細藻類ユーグレナを用いた社会課題の解決を目指す中で、有用成分の増減に関与し、細胞内酸化還元状態の指標となるメタボロミクスも重要な研究のテーマとして位置付けている。  微細藻類ユーグレナはワックスエステル発酵と呼ばれる代謝経路を持っており、周囲に酸素がない条件において細胞内にワックスエステルを合成し蓄積することが知られている。このワックスエステル発酵において硫黄化合物の代謝が伴われることが経験的に予想されており、これを調べるために硫黄のメタボロミクスを試みた。通常状態と、ワックスエステル発酵させた培養液の上清、及び沈殿(細胞)のそれぞれで硫黄メタボロームを比較した結果、ワックスエステルの生産に対応して、グルタチオンが減少し、含硫アミノ酸が増加する様子が確認された。また同様に、ワックスエステル発酵において、タンパク質の分解も含硫アミノ酸の増加に寄与していることが確認され、ワックスエステル合成経路の副次的な代謝反応の理解を得ることができた。  さらに、ユーグレナにおいて硫黄メタボロミクスを実施する過程で、微量ではあるが、エルゴチオネインもユーグレナ自身が合成・蓄積することが見出された。ユーグレナのエルゴチオネインもワックスエステル発酵に伴い減少する様子であるため、この減少を防ぎつつ、高含有化させるための手法を開発することで、ユーグレナ素材の新たな魅力にできるのではないかと期待している。また、米麹の生産プロセスにユーグレナを添加して作製する株式会社ユーグレナの商品『ミドリ麹』においては、従来の方法で生産した米麹と比較してエルゴチオネイン含有量が約 2.9倍になることを確認した。麹の持つ抗酸化機能の一部はエルゴチオネインに由来すると考えられるので、その機能を強化することができる可能性が示唆されたと考えられる。  これらの事例などから、エルゴチオネインを含めた硫黄メタボロームの分析結果は、生物生産の現象理解から、素材としての特性を理解することによる販売方針決定の参考になることを示した。今後も、硫黄メタボロミクスを自分たちの研究開発の効率的な進捗の一助としていく予定である。 ⑨「エルゴチオネインの組換え微生物による発酵生産」 〇佐藤康治 助教(北大院・工)  Ergothioneine (ERG) は含硫アミノ酸の一種で、その抗酸化活性や生理的な役割が注目されている化合物である。ヒトはERGを生合成できず食事より摂取しているが、摂取源はキノコなど限定的で、かつ含有量も低い。近年、健康志向の高まりから栄養補助食品としての利用が拡大しているが高価であり、広く普及するには至っていない。したがって、新たな供給源として、安価で安定供給が可能な微生物による発酵生産が注目されている。我々は組換え大腸菌やコウジカビによる発酵生産に取組んでおり、その研究成果の一端を紹介する。  大腸菌は、古くから物質生産に広く用いられている有用な宿主である。しかし、大腸菌はERG非生産菌であるため、生合成経路の再構築による異種宿主生産について検討した。ERG生合成遺伝子が同定されたMycobacteria由来egtABCDE遺伝子を用い、5ステップからなるERG生合成経路を再構築し、各遺伝子の高発現と基質添加条件等を検討し、24 mg/LのERG生産を達成した (Agric. Food Chem. 66, 1191, 2018)。しかし、初発中間体であるhercynine (HER) が著量蓄積しており、これを基質に用いるEgtBが律速反応と考えられたので改善を試みた。EgtBはアミノ酸配列に基づき5つのクレードに分類される。Mycobacteria由来EgtBはクレード1に分類され、HERとγ-glutamylcysteineを基質にhercynyl-γ-glutamylcysteine sulfoxideを生成する。他方、クレード2のEgtBはHERとL-cysteineから hercynyl-cysteine sulfoxideを生成するため、合成経路を3ステップに短縮でき、より効率的な生産が期待された。そこで、高活性なクレード 2タイプEgtBを探索し、上記異種宿主発現に利用した結果、最終的に生産性を657 mg/Lに向上させることができた (J. Agric. Food Chem. 68, 6390, 2020)。  また別宿主として、日本の伝統的発酵食品の製造に用いられているコウジカビを用いたERG生産の可能性についても検討しており (Biosci. Biotechnol. Biochem. 83, 181, 2019)、その成果についても合わせて紹介する。 ⑩「エルゴチオネインの農畜産・水産食品への活用」 〇大島敏明名誉教授(海洋大・海洋生命科学)  エルゴチイン(ERG)は強いラジカル消去能を有し,油脂やヘムタンパク質の酸化を抑制する。一方,ポリフェノールオキシダーゼ(PPO)の活性を阻害する。食用キノコの中でも,タモギタケ,エノキタケ,ヒラタケなどのERG含量は比較的高い。  ブリ(ハマチ)は血合肉の鮮やかな赤色が好まれるが、ミオグロビン(Mb)の酸化(メト化)による肉色の暗褐色化の進行が速い。エノキタケ抽出物中のERGは経口的に生体組織に取り込まれ,冷蔵中のハマチ肉においては血合肉Mbのメト化と脂質酸化が有意に抑えられ、肉色の劣化が遅くなった。高品質食材として,海外市場への展開が待たれる。  採卵鶏および数種家畜においても、給餌によりERGの体組織への取り込みが起こる。さらに,飼料を通してERGを取り込んだ組織では脂質酸化が有意に抑制された。ERG強化鶏卵は既に製品化されている。  生鮮エビ・カニ類の貯蔵中に進行する身肉および外殻表面の黒変は,PPOによりポリフェノール類から酸化生成されるキノン体の化学的重合物であるメラニンの蓄積に起因する。活エビ・カニ類ではキノン体はほとんど存在しないが,斃死後には体液(へモリンフ)中に急速に増加する。ERGはクルマエビとベニズワイガニのPPO前駆体合成に関わる遺伝子発現を抑制し,同時に銅との錯体を形成することから,PPO活性が強く抑制されるものと考えられた。バナメイエビおよびブラックタイガーエビ,日本海で漁獲されるベニズワイガニ,養殖クルマエビに対して活状態でキノコ抽出液への浸漬処理を実施したところ,その後の冷蔵中に黒変防止効果が得られた。食添として使われる亜硫酸ナトリウムを代替する天然素材としての需要が考えられる。  このように、きのこ由来のERG含有抽出物を家畜に与えることにより、メトMb生成に起因する肉色の暗褐色化ならびに脂質酸化を起こしにくい高品質な魚肉や食肉・鶏卵を創作できた。さらに,化学合成品に頼らない天然嗜好のエビ・カニ類を流通できることも示された。  今後,ERGを強化した農畜産・水産品の摂食がヒトの健康機能に及ぼす影響に関する応用研究は,急速に進展するものと期待される。 III.まとめ  国内の産学官のエルゴチオネイン・セレノネイン研究開発者が一同に会し、智恵を結集し、国際競争力を有する研究推進へと繋げ、同時に消費者への認知・理解も普及する活動の一環とすべく、第1回研究会が滞りなく開催されました。本研究会が知の集積、健康長寿のプラットフォームとして継続的に開催され、人類社会の未来に向けた有意義な会として発展していくことが期待されます。

  • 次世代のサステナブルな食糧生産法の紹介【精密醗酵(せいみつはっこう)】

    昨今、”精密醗酵(precision fermentation)” と呼ばれる技術の研究が産業レベルまで成熟してきています。 この技術を活用すると、哺乳類に頼らずに微生物の力だけでお肉や牛乳などの食用タンパク質が作れるようになるのです。 世界の食料問題解決のカギとも言われるこの技術についてご紹介いたします。 醗酵のイメージ(MrdidgによるPixabayからの画像) 〇哺乳類由来肉が抱える環境負荷の問題 近年、牛肉や豚肉などの哺乳類由来のタンパク質が与える環境への影響が注目されています。 牛肉や豚肉は当然それぞれ牛や豚からとれるわけですが、これらを育てるためには非常に多くの資源を必要とします。 例えば牛肉は1kg生産するために、飼料として消費されるトウモロコシは11kgに上ると言われています。 知ってる?⽇本の⾷料事情〜⽇本の⾷料⾃給率・⾷料⾃給⼒と⾷料安全保障〜 p.4より(農林水産省) すなわち、牛肉は実際に食べられる量の10倍以上量の別の食べ物を消費しなければ作れないのです。 飼料用のトウモロコシを育てるためにも多量の水・栄養源が消費されていることを考えると、牛肉等の哺乳類由来のタンパク質は、資源消費量の多い高環境負荷な食品ということができます。 世界人口は増加の一途をたどっており、このままでは大規模な飢饉発生すると言われている中で、哺乳類性のタンパク質の生産は大きな負荷になっています。 World Population 1820 2019 – SciFi (sciencefiles.org) この問題の解決のために、哺乳類由来に代わる様々なタンパク質食料の提案がなされています。 例えば植物や培養細胞を使った代替肉や、より環境負荷の低い昆虫食などがこれにあたり、すでに様々な企業が商品化に着手しています。 〇精密醗酵の特徴と代替肉との違い 精密醗酵もこれらに並ぶ、哺乳類に頼らないタンパク質生産法の一つです。 精密醗酵では、カゼインやオボアルブミンなどといった哺乳類由来のタンパク質を、微生物によって作らせる方法です。 これまでの代替肉と違うのは、これらが哺乳類由来とは異なる種類のタンパク質をお肉のように似せているだけなのに対して、哺乳類由来と全く同じ種類のタンパク質を作れているという点です。 一口にタンパク質といってもアミノ酸配列によって機能も風味も異なるため、精密醗酵で作られたお肉には風味や栄養素の面でも、既存の哺乳類由来のお肉と全く同じものが作成されできることが期待されます。 精密醗酵は微生物の遺伝子組み換え技術が前提となっており、本来哺乳類で作られるたんぱく質の遺伝情報を微生物に導入することで、同じタンパク質を微生物に作らせています。 Arek SochaによるPixabayからの画像 実は、類似の技術自体は古くからあるものです。 特定のタンパク質を大腸菌等に作らせる(=リコンビナント発現)は微生物学分野では汎用的な技術です。 産業分野でも、動物から作ると効率の悪いインスリン(糖尿病患者に投与する医薬品)やレンネット(チーズの凝固に使われるプロテアーゼ)の生産に使われています。 代替肉分野で革新的なのは、牛乳やお肉などといった、大量かつ複雑なものも再現するほどの精度で生産が可能になったことです。 例えばイスラエルにあるスタートアップ企業のImagindairy社は、精密醗酵によって牛乳が持つ何十種類ものタンパク質を正確に再現することで、本物と見分けのつかない完全な牛乳を作ることを目指しています (Imagindairy ) 〇ユーグレナ社の取り組み 当社でも以前より様々な低環境負荷食材の開発に着手しており、精密醗酵についても研究を開始しています。 藻類には、光合成によって二酸化炭素からタンパク質を合成できるという特性があります。 この特性を活用すれば、将来的には二酸化炭素からお肉を合成する、なんてことも可能かもしれません。 食についても将来への不安の少ない持続的な未来を作るため、今後とも研究開発を進めていきます。

  • ユーグレナ味の牡蠣!? ~~~販売開始~~~

    冬になると食べたくなる、牡蠣。実は牡蠣はサステナブルな可能性に溢れた食品だと言うことはご存じでしょうか? 牡蠣殻の主成分は炭酸カルシウム (CaCO3) ですが、牡蠣は成長の過程で海水に溶け込んだCO2を間接的に取り込んで牡蠣殻を合成するため、炭素の固定に寄与することが期待されています。さらに牡蠣養殖は、投餌の必要がないため環境負荷が少ない点、異常発生したプランクトンを摂餌により除去して海洋環境における物質循環の調整役を担う点からも、牡蠣はサステナブルな食材として注目されており、WWFのレポートでも言及されています(https://www.wwf.or.jp/activities/data/20210308resource01.pdf)。 冬になると食べたくなる「牡蠣」 一方、弊社が有する独自素材、微細藻類「ユーグレナ(和名:ミドリムシ)」もサステナビリティへの寄与が期待される食材です。59種類の豊富な栄養素を含み健康食品として利用されるだけでなく、成長時に光合成をしてCO2を吸収するため、人と地球の健康を同時に実現するポテンシャルを持つ素材として注目されています。微細藻類ユーグレナについての紹介記事は⇒こちら 微細藻類「ユーグレナ」 この度、株式会社ユーグレナとうみの株式会社は、これらのサステナブルな素材、ユーグレナと牡蠣を組み合わせて、「フレーバーオイスター ユーグレナ」を共同開発いたしました。 「フレーバーオイスター」はうみの株式会社らが特許出願しました独自技術により作られます。この技術は、飼育水中に懸濁した非水溶性の微粉末を投餌すると牡蠣類が餌と誤認して摂食してしまう点と、牡蠣を海水から水揚げしてしまうと腸管内容物は排出されず保持される、という2つの性質を利用したものであり、任意の素材を取り込ませ、風味づけを行うことができる優れた技術です。 ひと口目は通常の牡蠣、しかし噛み進めると給餌素材の味わいが口に広がっていき、複雑で奥ゆかしい豊かなおいしさが感じられます。 この技術を用いて共同開発しました「フレーバーオイスター ユーグレナ」。断面からは緑色のユーグレナが垣間見られます。ひと口目は通常の牡蠣ですが、二口目から徐々にユーグレナの風味が広がってきます。牡蠣がユーグレナを少し消化したおかげで、ユーグレナ粉末をそのままかけて食べるよりも、ユーグレナの特徴的な藻の香りが抑えられ食べやすくなったのは興味深い点です。ユーグレナのフレーバーが感じられる美味しい牡蠣であることもさながら、ユーグレナが持つ豊富な栄養素も含まれ、さらには海や地球のサステナビリティに貢献できる可能性を有する商品となりました。 「フレーバーオイスター ユーグレナ」の断面図 社内のメンバー(28名)ではありますが、「フレーバーオイスター ユーグレナ」試食会が行われました。その結果、通常の育て方をした基準の牡蠣に比べて、好意的な食味結果が得られました。個人の感想ではありますが、「クリーミー感があった」「身が厚くうま味があった」等の声が聞かれ、ユーグレナフレーバーの牡蠣で一定の評価をいただくことができました。 [参考] 社内メンバー (28名) での試食会のアンケート結果 比較対象 (通常の牡蠣) での各項目を3とした際の相対値 以上のような「フレーバーオイスター ユーグレナ」、この記事をお読みいただいてお味が気になる方はいらっしゃるのではないでしょうか?そんな方々は、⇒こちら をチェックです。「フレーバーオイスター ユーグレナ」をお求めの方は通販サイトからご購入いただけます。 牡蠣小屋うみの https://kakigoyaumino.com/ (内容) ・プレーン8個 ・フレーバーオイスター ユーグレナ8個 (価格) 5,500円(税、送料別) 食べて美味しく、人も地球も健康に。この機会にご賞味いただき、ぜひ食卓で味わいながらサステナビリティについて考えていただくきっかけになればと考えています。 弊社はこれまで、バイオマスの5F※の基本戦略に基づき、ユーグレナなどの微細藻類を活用して、食品や化粧品をはじめとするヘルスケア事業やバイオ燃料開発・製造などのエネルギー・環境事業に取り組んできました。今回開発した「フレーバーオイスター ユーグレナ」は、5Fの中ではFeed(飼料)利用に相当し、ユーグレナのさらなる活用を進めるものです。ユーグレナ社は今後も、ユーグレナなどの微細藻類を活用した事業を推進します。 ※ バイオマスには、重量単価が高い順にFood(食料)、Fiber(繊維)、Feed(飼料)、Fertilizer(肥料)、Fuel(燃料)の5つの用途があり、重量単価の高いものから低いものに順次事業を展開していくことで、バイオマスの生産コスト低減とバイオマスの利用可能性の拡大を推進する、という事業戦略

  • 宇宙飛行がマウスの肝臓に与える影響の一因を特定しました!

    2021年9月、アメリカのスペースX社がついに民間宇宙飛行を達成しました。 驚くべきことに、今回の宇宙飛行を達成した宇宙船『クルードラゴン』は、わずか半年ほどの訓練を経ただけの民間人4名のみをクルーとし、3日間の宇宙飛行ののち地球に帰還しました。 クルードラゴンがISSにドッキングする様子(©NASA) もはや宇宙飛行は我々民間人にとっても夢物語ではなく、生きているうちに人類が宇宙に移住する未来も見えてきているのです。 一方で、そうはいってもまだまだ本格的な宇宙移住に向けて解決するべき課題も山済みです。 特にわかっていないのが宇宙空間が生物に与える影響です。 宇宙空間は、あらゆる意味で地球上とは異なる環境です。大気が違うのはもちろんのこと、無重力環境や高線量な宇宙放射線の照射、数百℃に及ぶ寒暖差など、生物にとって過酷な要素がいくつもあります。 これらによって、宇宙飛行を行った生物はしばしば原因不明な体調不良を訴えることが知られています。 もっともよく試験されるマウスでは、特に肝機能に肝臓の線維化や非アルコール性脂肪肝などのいくつかの障害が見いだされることがわかっています。これらは、いずれも重症化することで肝臓がんへと派生する疾患であり、その原因の特定・対策の開発が望まれます。 株式会社ユーグレナではこの度、独自の解析手法『サルファーインデックス解析』によって、宇宙飛行がマウスの肝臓に悪影響を与える一因を特定いたしました! サルファーインデックス解析は、筑波大学の大津巌生 准教授によって開発された解析手法です。 生体内の酸化還元反応の中核を担う硫黄化合物を網羅的に解析することで、生体内が酸化的なのか還元的なのか、それらは何によって引き起こされているのかなどを明らかにすることができます。 (サルファーインデックスの紹介ページ: https://tech.euglab.jp/sulfur/ ) 当社では、大津先生と特別共同研究を進め、JAXAから譲り受けた宇宙飛行を行ったマウスの肝臓をサルファーインデックス解析によって調べました。 研究の概略図 結果として、宇宙で飼育したマウスは、人工重力のあるなしに関わらず肝臓にある還元的な硫黄化合物が減少していることがわかりました。 これらの硫黄化合物は体内で抗酸化物質として働くため、宇宙での生活によって酸化ストレスを受けた結果、そのストレスを打ち消すために消費された可能性が考えられます。 宇宙飛行によって、減少した抗酸化物質 また、宇宙飛行を行ったマウスの肝臓での遺伝子発現を確認したところ、酸化ストレスや硫黄化合物代謝に関する遺伝子が多く発現していることが確認されました。 これも、強い酸化ストレスを受け、それにより減少した硫黄化合物を補うために起きたことだと解釈できます。 これらの結果は、当社研究開発部と筑波大学との共著によって、英国の科学学術誌Scientific Reports誌に掲載されました。 (掲載論文リンク : https://www.nature.com/articles/s41598-021-01129-1) 本研究成果は、宇宙での活動が活発化する近未来に向けて、人類が宇宙で健康的に活動するための重要な手掛かりとなることが期待されます。 具体的には、以下のような研究発展を見せる可能性が考えられます。 本研究によって、生体内の抗酸化物質が、宇宙で発生する酸化ストレスを緩和しうることが示唆されました。 このことは、宇宙での健康維持に硫黄系抗酸化物質の摂取が有効である可能性をも示します。 特に重要なのが、本研究により宇宙飛行によってエルゴチオネインの量が地上での生活時の半分ほどまで減ってしまうことが明らかとなったことです。 (エルゴチオネインの紹介ページ: https://tech.euglab.jp/ergothioneine/ ) エルゴチオネインは哺乳類の体で合成することができず、一部のキノコなどから微量に摂取するしかない物質です。 通常の宇宙生活において、減少したエルゴチオネインを既存の宇宙食のみで摂取することは難しく、従って、新たな宇宙食の開発指針となることが期待されます。

  • アルコールとデータサイエンス ー日本酒におけるデータサイエンスの研究の紹介ー

    アルコールとデータサイエンス これまでの「アルコールとデータサイエンス」のシリーズで、 アルコール飲料とデータサイエンスの関係性機械学習の大まかな分類とそれぞれの特徴 については紹介させていただくことができたと思います。 では、最後にユーグレナ先端技術研究課で行われている日本酒などのアルコール飲料に対する研究について、ご紹介させていただきたいと思います。 サルファーインデックス 以前の記事で紹介させていただきましたが、ユーグレナが特許を取得している解析技術に「サルファーインデックス」と呼ばれるものがあります。 サルファーインデックス技術は、硫黄化合物に特異的な誘導体化試薬を用いたLC-MS/MSを実施することにより、一般的な手法では検出できない微量な硫黄化合物の高感度かつ網羅的な検出や、有機硫黄化合物、無機硫黄化合物、さらには酸化型、還元型を問わず約50種類の硫黄化合物を同時に分析することができる技術です。サルファーインデックス受託分析サービス https://tech.euglab.jp/projects/%e3%80%90%e7%a0%94%e7%a9%b6%e7%b4%b9%e4%bb%8b%e3%80%91%e3%82%b5%e3%83%ab%e3%83%95%e3%82%a1%e3%83%bc%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%87%e3%83%83%e3%82%af%e3%82%b9%e8%a7%a3%e6%9e%90/ これがこれまでのアルコール飲料の話とどのような関係にあるのか。サルファーインデックスは、生物内で行われる無数の参加還元反応で多く使われている硫黄化合物の量を測定するために開発されたものです。これを調べることによって、生物内でどのような酸化還元反応が行われているのかを理解することができます。 また、日本酒やワインなどのアルコール飲料は、酵母などの菌類が様々な物質を発酵させることによってアルコールを作り出すプロセスに基づいて作られます。つまり、日本酒やワインの味わいには、菌類の活動が深くかかわっているのです。 サルファーインデックスを用いたアルコール飲料の解析 ユーグレナ先端技術研究課では、このサルファーインデックス技術ををつかって、アルコール飲料を分析する研究を行ってきました。開発者である大津先生の研究によれば、ビールをサンプルにした研究において、異なるサンプルのグループ間で差が見られたとのことです。 この研究では、多次元尺度法と呼ばれる機械学習を使うことで結果を解釈しています。これは前の記事で紹介させていただいた教師なし機械学習の一種で、データの中にある関係性を見るときに有効です。 この研究結果を踏まえると、サルファーインデックスは様々な発酵食品に対して、その分類や味わいの判断のために有効であると考えられます。先端技術研究課では、サルファーインデックスのPoCとしてもう一つ、アルコール飲料である日本酒に関しても分析しました。その結果の一部が次のようになります。 日本酒での解析結果 左がサルファーインデックスを含むメタボロミクスデータを次元削減したもの、真ん中が日本酒で定量的な評価として使われていた日本酒度と酸度でプロットしたもの、右が日本酒の専門家の方々に官能評価をしていただき、その結果を2次元にマッピングしたものです。 それぞれの関係性がわかりやすいように、専門家の方に行っていただいた官能評価(右図)をk平均法で色付けし、左の2つのプロットでも同じ色付けを行った形になります。これを見ると真ん中の日本酒度と酸度のプロットより、左のメタボロームデータを次元削減した結果の方が同じ色のグループがきれいに分離しているように見えます。 ビールや日本酒のようなアルコール飲料は、その生成過程に菌の活動が深くかかわっています。そのような食品の相対的な関係性を理解したいときには、サルファーインデックスという硫黄化合物の網羅的な解析技術や機械学習の中の次元削減と呼ばれる手法が役に立ちます。今回の解析のように味わいの近いに日本酒などがわかることによって、今後の商品戦略や顧客分析に対しての有効な情報源になることが考えられます。 サルファーインデックス受託分析サービスのご紹介 これまでになかった新しいデータと、近年便利に活用することができるのようになったデータサイエンスの手法をもとに、新たな知見やインサイトを得ることは可能です。サルファーインデックスは、今後様々な食品の分析に活用されることが期待されます。サルファーインデックスのご活用に興味を持たれた方は、下のリンクからご参照ください。 https://www.euglena.jp/businessrd/rd/sulfurindex/ 受託までの流れ 以上で「アルコールとデータサイエンス」の全三回とさせていただきます。最後までご覧いただきありがとうございます。

  • アルコールとデータサイエンス – そもそも機械学習とは? –

    機械学習とは 前回の『アルコールとデータサイエンス - scikit-learn wine datasetの活用 -』では、アルコール飲料であるワインや日本酒とデータサイエンスのかかわりについて触れ、最後にはLightGBMを用いたワインに使われている品種に対する多クラス分類予測を紹介しました。 しかしながら、前回の記事だけでデータサイエンス、特に機械学習のイメージを掴もうとするのは難しかったと思います。そこで今回は、機械学習ってそもそも何なのか?という観点で説明させていただきたいと考えています。 では、 機械学習ってそもそも何なのか? 機械学習とは、次のように定義されることもあります。 機械学習とは、言語やゲームなどをはじめとした人間の様々な知的活動の中で、人間が自然と行っているパターン認識や経験則を導き出したりするような活動を、コンピュータを使って実現するための技術や理論、またはソフトウェアなどの総称である。IT用語辞典バイナリ 人間は感覚器を通して得られた刺激を、これまでの経験に基づいて、特定のパターンであるとして認識して、過去の経験と紐づけることができます。 例えば、生後間もない赤ん坊に初めて猫を見せてたとき、赤ん坊はそれを視覚から入ってくる新しいパターンであると理解しても、それが何であるか一般的に理解することはできません。その後徐々に年を重ねるにつれて、実物や写真などで猫を見る機会を経て、徐々に『このパターンは猫である』と認知するようになっていくのです。 コンピュータの進化が進むにつ入れて、人工知能というものが作られるのではないかという空想は、フィクションは長い間の中で扱われてきました。 しかしながら、それはフィクションの話であって人間が持つ高度な認知能力を、究極的には単純な回路の組み合わせであるコンピュータによって再現することは、長い間できないとされてきていました。 一方で、人間の知的営みの一つの側面であるパターン認識を、コンピュータで再現できないかと研究と工夫がなされた結果、限定的な問題に対して、そのようなことができる仕組みが作られてきました。これが機械学習であると言えます。 機械学習分野での古典的名著として知られているものの中に、『パターン認識と機械学習』と呼ばれる本があります。これは、機械学習が人間も行っているパターン認識に根差したものであることに基づいていると考えられます。 https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b294524.html つまり機械学習は、『ある一連の情報から特定のパターンを抽出する活動を、コンピュータによって可能にしたものである』といえます。 ではこのコンピュータによって可能になったパターン認識を、どのように活用するかについては。様々な種類、それぞれの目的があります。そこで今回は、機械学習を3つの種類に分類して、説明したいと思います。 機械学習の3つの分類 機械学習を分類するときに、次の3つの種類に分けることが可能です。 教師あり学習教師なし学習強化学習 順を追って説明させていただきます。 一つ目の教師あり学習と、二つ目の教師なし学習は、学習データの違いによって分類されます。 教師あり学習とは 教師あり学習概略図 教師あり学習とは、『ラベルや予測値などが与えられるデータや問題に対して、未知データに関する予測をおこなう』機械学習のことを指します。 例えば、同じ微細藻類の仲間であるクロレラとユーグレナのデータを、それぞれどちらがどちらであるかわかる形で予測分類モデルに学習のために渡したとします。 このとき、予測分類モデルは、それぞれのグループにおける特徴的なパターンを抽出して、どちらがなんであるかを判別できるかどうかを学習しようとします。そして、未知のデータ(学習に使ってない)ものに対して、適切に予測分類ができていることが、このモデルの性能を計るものになります。 前回のワインのデータセットに対する学習は、この教師あり学習にあたるものです。また、多変量解析で一般的な回帰分析も、教師あり学習の一種としてみなすこともできます。 教師なし学習とは 教師なし学習概略図 教師なし学習とは、『データ自体の持つ特徴的なパターンを、ラベルや予測値という観点に基づかず、そのまま人間が理解しやすいパターンに変換する』機械学習を指します。 教師なし学習は、教師あり学習に比べると少し抽象的に聞こえるかもしれません。例えば、クロレラとユーグレナのデータを、そのままモデルに入力して、そのモデルが持つアルゴリズムに基づきパターンを抽出しようとするものがあります。 教師あり学習をするためには、①データがそれなりの量が存在する②かつそれらに適切なラベルや予測値がついている、という2つの要素が必要になります。 一方で、世の中には必ずしもそういうデータだけがあるわけではありません。データ量が少ないものもあれば、ラベルを付けることに金銭的時間的コストがかかりすぎて目的に合致しないこともあります。 ですから、ラベルがない状況やデータ量が少ない状況などで、データにどのようなパターンや傾向があるかを見るために、教師なし学習が使われたりすることがあります。 強化学習とは 最後に説明するのが強化学習です。強化学習はこれまでの機械学習とは少し異なったものになります。 強化学習概略図 強化学習とは、『エージェントと呼ばれる存在が、その環境の中で受け取れる報酬を最大化しようとする中で、目的となる状態や解を実現させることを目的としている』機械学習を指します。 先述した2つのものとは異なり、ある環境での最適な振る舞いはどのようなものか、というパターンを学習するものになります。 例えば、仮想的なユーグレナの培養環境があったときに、その環境においてエージェントがユーグレナが増えたときに報酬が与えられるような環境でエージェントに学習をさせると、エージェントがこの環境における最適化を導き出してくれるということが、この強化学習の例になります。 これはもちろん仮想的なもので実際の培養に役立つとは限りません、実際の研究においてはもっと想定していない発見や手法によって研究は進歩していきます。ただ、あるパラメーターや組み合わせの最適化をしたいときには、こういった手法が役立つ可能性もあると考えられます。 最後に 以上が、機械学習についてのまとめになります。重要なことは 機械学習とは、データの中に存在するパターンの抽出、そして活用である。機械学習には様々なものがあり、目的やデータに合致したものを選択する必要がある。 以上で、機械学習の全体像になります。では次の回で、ユーグレナでおこなったアルコール飲料に対する機械学習の応用について説明させていただきたいと考えています。

  • wine image

    アルコールとデータサイエンス -scikit-learn wine datasetの活用-

    アルコールとデータサイエンス 皆さんは『データサイエンス』と聞いてどのようなことを思い浮かべるでしょうか? 近年の情報技術の向上によって得られた大量のデータと、高性能な計算機が開発されたことによる処理の能力によって、データの中から知見を引き出そうという流れが強まっています。その一連の営みのことを『データサイエンス』と呼びます。 今回から始まる、『アルコール×データサイエンス』のシリーズでは アルコール飲料とデータサイエンスの関係性機械学習の大まかな分類とそれぞれの特徴ユーグレナ先端技術研究課でのアルコール飲料におけるデータサイエンス研究の紹介 を三部作でお届けしたいと思います。今回は『アルコール飲料とデータサイエンス』についてお話しさせていただきます。 アルコール飲料とデータサイエンスにどのような関係があるのか?と疑問に思われる方も多いかもしれません。しかしながら、長い間人類を魅了しているアルコール飲料を、もっと美味しいものにしたい!という考えのもと、近年そのような研究開発の重要性が高まっているという背景があります。 例えば、かの有名な『獺祭』を作っている旭酒造は、酒造りにデータサイエンスを取り入れたことで、高い品質の再現性と大量生産を確立しました(現在非公開)。 https://toyokeizai.net/articles/-/41798 酒造りは、伝統的に杜氏という職人文化によって支えられてきました。獺祭では杜氏がいない体制で酒造りをしており、優秀な杜氏がやっていたことを集団でやろうとしています。その中で、様々な形で酒造りの中でデータによる管理を行っています。具体的に挙げると、洗米という米を水洗いする行程では、コメの重量、洗う時間、水温などをすべて数値で計測し、コメに鳩首される水分量を0.2%以下の精度で調整できるようにしています。その日の気温によって少しずつ状況は変わりますので、数値を記録しながらその日に最適な条件にできるようにしてます。ほかにも、発酵の期間中には、さまざまなデータ(アルコール度数、日本酒度、糖度など)を毎日計測し、それぞれをすべて手書きでグラフにしています。毎日、その日に記録したデータから発行の進み具合を分析して、次の日の温度管理などを判断しています。獺祭では年間に900本当いう非常に多い本数の仕込みを行っていますので、繰り返しやっている中で「理想的な数値」がわかってきました杜氏のいない「獺祭」、非常識経営の秘密 これもデータサイエンスであり、データを活用して物事の改善をした大変良い例であるといえます。 データサイエンスとアルコール飲料の取り組みはこれだけに限ったものではありません。データサイエンスのために使われるプログラミング言語でpythonというものがありますが、その中で公開されているライブラリにscikit-learnというものがあります。このライブラリを活用することによって、データサイエンスの一つの分野である機械学習を活用することができます。 アルコールとデータサイエンスの活用(サンプルコード) 本記事では、簡単にその中でテストデータセットとして公開されているwine datasetというものを使って、機械学習のさわりを見てみたいと思います。 Wine datasetはカルフォルニア大学アーバイン校によって公開されている、Machine Learning Repository で公開されているもので、scikit-learnを使うことによって簡単に活用することができます。 ではコードに入ります。まず最初にライブラリを読み込みます。ローカルの環境でやるといろいろ設定が必要ですが、colabではただ次のようなものを実行するだけで十分です。 import numpy as np import pandas as pd import seaborn as sns import matplotlib.pyplot as plt import sklearn 今回使ったpythonとそれぞれのライブラリバージョンは次のようになります。 !python --version > Python 3.7.11 print('numpy :', np.__version__) print('pandas :', pd.__version__) print('seaborn:', sns.__version__) print('sklearn:', sklearn.__version__) > numpy : 1.19.5 > pandas : 1.1.5 > seaborn: 0.11.1 > sklearn: 0.22.2 データの確認・可視化 データセットを読み込みます。そしてデータセットのそれぞれの列の状況を確認しましょう。 from sklearn.datasets import load_wine wine = load_wine() df_x = pd.DataFrame(data=wine.data, columns=wine.feature_names) df_x.info() > RangeIndex: 178 entries, 0 to 177 > Data columns (total 13 columns): > # Column Non-Null Count Dtype > --- ------ -------------- ----- > 0 alcohol 178 non-null float64 > 1 malic_acid 178 non-null float64 > 2 ash 178 non-null float64 > 3 alcalinity_of_ash 178 non-null float64 > 4 magnesium 178 non-null float64 > 5 total_phenols 178 non-null float64 > 6 flavanoids 178 non-null float64 > 7 nonflavanoid_phenols 178 non-null float64 > 8 proanthocyanins 178 non-null float64 > 9 color_intensity 178 non-null float64 > 10 hue 178 non-null float64 > 11 od280/od315_of_diluted_wines 178 non-null float64 > 12 proline 178 non-null float64 > dtypes: float64(13) > memory usage: 18.2 KB これでそれぞれの列の名前と数、データ型がわかります。また、nullがないことを確認することも重要です。もし欠損値があった場合には適切に処理する必要があります。これ以外にもこれらのコードを実行すると、データを見ることができます。headで最初の5つのレコードが表示され、describeで記述統計量が表示されます。こういう基本的な確認はデータのイメージをつかむために重要です。出力は、ここでは省略させていただきます。 df_x.head() df_x.describe() 次に各変数の相関を見てみましょう。もし仮に回帰分析をするときには、強い相関がある者同士を排除する必要があります。相関を見るためにはseabornのパッケージを使うと便利です。 plt.figure(figsize=[19,10]) sns.heatmap(df_x.corr(),annot=True) 色が明るいものと真っ黒いものは相関係数の絶対値が相対的に高いことを意味します。 ここで改めてWine datasetについて説明させていただくと、このデータセットは142種類のワインに対して物理的/化学的特徴を測定したもので、このワインたちは使われているブドウの品種で3種類に分類することができます。その3種類について、別々の色付けを各変数同士で散布図を書きます。すべての変数ですると多すぎてこのサイトに収まりきらないので、いくつか抽出したものを載せます。 data = pd.concat([df_x[['alcohol', 'malic_acid', 'flavanoids', 'proline']], df_y], axis=1) sns.pairplot(data=data, hue='class', palette='tab10') これを見ることによって、各変数だけでもグループ間に差異があることがわかったり、2つの変数を使うことによって、よりグループ間の傾向に差があることを確認することができることがわかります。 機械学習(決定木モデルの学習と評価) 基本的なデータの確認が済んだので、ここから機械学習を中でも決定木アルゴリズムを使った予測というものをしていきたいと思います。 決定木アルゴリズムとは何でしょうか?決定木アルゴリズムとは、多次元データをもとに目的変数を予測、分類るための木構造を持ったモデルのことを指します。 通常の回帰モデルと異なり、非線形な関係を抽出できる点において、ニューラルネットワークと同様に高い予測精度と汎化性能を持っていることが知られていますが、ニューラルネットワークよりも説明変数の取り扱いが柔軟にできます。またモデルの構築も用意です。 決定木モデルには、シンプルに一つの木構造をもつものもありますが、複数の違う木構造のモデルによってより高い予測精度と汎化性能を求めようとするものもあります。今回はその中でも大きなデータセットでも効率的に学習ができるLightGBMと呼ばれるライブラリを使って、決定木アルゴリズムでワインのデータを学習するコードを載せます。 import lightgbm as lgb print('lightgbm:', lgb.__version__) > lightgbm: 2.2.3 まずワインのデータセットを再読み込みして、LightGBM用に変換します。今後精度を検証するために、学習データとテストデータで分割します。テストデータに学習データと同じものが入っている場合、モデルの一般性(汎化性能)に問題が出てしまうので、検証のためにあらかじめ分けることが必要です。 from sklearn.preprocessing import StandardScaler from sklearn.model_selection import train_test_split #データの再読み込み X1=load_wine() df_1=pd.DataFrame(X1.data,columns=X1.feature_names) Y_1=X1.target #説明変数の正規化 sc_1=StandardScaler() sc_1.fit(df_1) X_1=pd.DataFrame(sc_1.fit_transform(df_1)) #学習データとテストデータの分割 X_train,X_test,y_train,y_test=train_test_split(X_1,Y_1,test_size=0.3,random_state=0) #LightBGM用のデータセットに変換 d_train=lgb.Dataset(X_train, label=y_train) これで、あとはモデルのインスタンスをつくり、パラメーターを設定してあげれば学習を始めることができます。パラメーターは、今回考えるタスクがどのようなものであるかによって適宜設定してあげる必要があります。今回は多クラス分類であるので、次のように設定しています。 #パラメーターの設定 params={} params['learning_rate']=0.03 params['boosting_type']='gbdt' #GradientBoostingDecisionTree params['objective']='multiclass' #Multi-class target feature params['metric']='multi_logloss' #metric for multi-class params['max_depth']=10 params['num_class']=3 #no.of unique values in the target class not inclusive of the end value これをもとに、次のコードで学習をすることができます。あらかじめ分けておいたテストデータで予測性能を評価します。 #学習 clf = lgb.train(params = params,train_set = d_train,num_boost_round = 100) #予測 y_pred = clf.predict(X_test) y_pred = [np.argmax(line) for line in y_pred] ただし、この予測スコアは3つのクラスの確率で表されていることから、それぞれのデータに対して最大の確率を示しているクラスを予測結果として扱うことが適切です。numpyのargmaxでそのような処理が書かれています。 多クラス分類の性能評価には混合行列に基づく評価を用います。それぞれの評価の意味はこちらでまとめられています。 #予測結果の評価 print('precision score:', precision_score(y_pred,y_test,average=None).mean()) print('accuracy score', accuracy_score(y_pred,y_test).mean()) > precision score: 0.9470588235294118 > accuracy score ; 0.9444444444444444 このように、テストデータでも高い予測精度をもつモデルの学習ができたことがわかります。 最後に 今回の記事では、アルコール飲料とデータサイエンスということで、wine datasetを用いたデータの可視化や購買決定木アルゴリズムの適応を紹介しました。 次回の記事では、機械学習ってどういうものがなのかという、全体像についてご紹介できればと考えています。最後までお付き合いいただきありがとうございました。 <参考> https://nitin9809.medium.com/lightgbm-binary-classification-multi-class-classification-regression-using-python-4f22032b36a2

  • 【素材紹介】エルゴチオネイン

    以前の記事で、体の酸化と抗酸化物質について取り上げましたが、抗酸化物質には様々なものがあるのをご存じですか? 今日はそんな抗酸化物質の一つ、エルゴチオネインについてご紹介します。 エルゴチオネインの構造式 エルゴチオネインは、希少アミノ酸誘導体に分類される天然成分です。 一部のキノコや麹菌、放線菌などの微生物によって作られ、人間は体内で合成することができないため、これらの食品を食べることでのみ体に取り込むことができます。 エルゴチオネインは、非常に強い抗酸化活性を示すことが知られています。人の体内に最も多い抗酸化物質であるグルタチオンと比較すると、最大で30倍ほども高い活性酸素種消去能を持つともいわれています。 このエルゴチオネインが、健康成分として近年にわかに注目を集めてきています。 実は、ヒトの細胞にエルゴチオネインを特異的に取り込む働きをするトランスポーターがあることが明らかになり、ヒト細胞が高濃度にエルゴチオネインを蓄積していることもわかったのです。 人が、元来ヒトの体で作ることができないエルゴチオネインをこれほど積極的に利用しているということは大きなおどろきをもって受け入れられ、その後研究が進み、さらに驚くべきことがいくつもわかりました。 エルゴチオネインは、過酸化脂質と呼ばれ悪性物質の発生原因となるヒドロキシラジカルを唯一直接消去することができます。 また、神経変性疾患(アルツハイマー病やパーキンソン氏病)、うつ病、肌の老化、白内障など、全身の様々な疾患の抑制に効果があることもがわかっています。 このように体にとって非常に有益なエルゴチオネインですが、加齢に伴って細胞への蓄積量が低下することもわかっており、食べて摂取することで様々な加齢に伴う疾患を抑制することができます。 他の抗酸化物質とは異なる強力な活性をもつエルゴチオネインは、未来のエイジングケアの鍵となる素材かもしれません!

  • 【健康コラム】体の酸化と抗酸化活性

    皆さんは健康食品や化粧品などのヘルスケア商品を手に取るとき、『抗酸化活性』を気にして選んでいますか? 気にしているという方でも、実はその詳しい意味をご存じないという方は少なくないのではないかと思います。 今回は体の酸化と、それに抗う抗酸化活性について、簡単にご説明いたします。 言うまでもなく、我々生物は、呼吸をしなければ生きていけません。 しかし、そもそもなぜ呼吸をしなければ生きていけないのでしょうか? 『酸素を取り込むためでしょ』と考えられた方、大正解です。 ヒトの体は、無数の酸化還元反応の連鎖によってできています。食べ物を食べてエネルギーを取り出すことも、栄養を基に体を作ることも、いずれも酸化還元反応です。 酸化還元反応は、平たく言えば物質間での電子の受け渡しです。酸化還元反応によって物質間を行き来した電子の、最後に行きつく先こそが、呼吸によって取り込まれた酸素です。 このように、酸素は体内では「最終電子受容体」と呼ばれる役割を担います。 さて、酸素と電子が出会うと、最終的には水になるのですが、その過程で非常に活性が高い酸素種『活性酸素種』を生み出します。 この活性酸素種は、免疫機能の一部としても働くのですが、過剰に発生してしまった場合に体にとって有害で、例えば、老化の促進や細胞のガン化、肥満・糖尿病などの生活習慣病の誘発など、様々な悪影響を及ぼすことが知られています。 このように体内に体にとって有害な量の活性酸素種が存在している状態を、我々は"体が酸化している"と表現しているのです。 体内の活性酸素種量は、日々の生活と密接に関係しています。 例えば不規則な食事、体への過度な負荷、飲酒・喫煙、紫外線・放射線への暴露などは、体の活性酸素種量を増やすリスクがあると報告されています。 反対に、いったん増加してしまった活性酸素種を行動によって減らすこともできます。 『抗酸化活性』と呼ばれる効果を持つものがそれにあたり、食べ物などから体内に取り込むことで効果を発揮します。 代表的な抗酸化物質には、ビタミンE(トコフェロール)やポリフェノール、カルテノイドなどがあります。 体内で合成されるものだけでなく、これらが豊富に含まれる食事を意識的に執ることで、過剰に産生された活性酸素種を除去することもできるのです。 美容と健康に気を付け、いつまでも元気な日々を送るためには、体の酸化リスクを低く保つことが肝要です。 日常の食事からこれら抗酸化物質の摂取を意識することは難しいという方も、まずはサプリメント等から体の酸化度ケアを行ってみてはいかがでしょうか?

  • 第2回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会開催レポート

    第2回  エルゴチオネイン・セレノネイン研究会  プログラム&抄録集  2021年11月17日(水)  13:00 ~ 16:50  【主 催】株式会社ユーグレナ  【共 催】健康長寿食品研究開発プラットフォーム  (お-09)  【後 援】農林水産省 「知」の集積と活用の場  ご挨拶   「第2回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会」を2021年11月17日(水)に、株式会社ユーグレナの主催でオンラインにて開催する運びとなりました。  エルゴチオネインは、栄養素的な観点から、「長寿ビタミン」と称されたりもする抗酸化性の有用機能性分子で、我々の食事ではキノコや発酵食品などの成分として多く含まれています。セレノネインは、エルゴチオネインと構造的に類似した抗酸化性分子であり、似て非なる有用性が明らかにされつつあり、マグロ等の魚類の血合いに多く含まれています。近年、エルゴチオネインやセレノネインの生理機能解明に向けた研究が日本並びに世界で精力的に展開され、多様な側面からヒトの健康(認知機能、炎症抑制等々)に資する効能が明らかになってきています。それゆえ、我々の生活に関わる化粧品・医薬品・健康食品等の製品の機能性原料としての実用化も進んでおります。今後は、生産・流通や用途開発・製品化が加速し、エルゴチオネインやセレノネインを中心とする産業・市場構造の本格的な勃興が予想されます。同時に、各種商品開発・市場シェアの獲得等について競争的な時代に突入します。今日現在は、「エルゴチオネイン・セレノネイン産業が開化期を迎えようとしている」という時機と捉えられます。この状況を鑑み、昨年には「エルゴチオネイン・セレノネイン研究会」を発足し、キックオフとして第1回講演会を催しました。幸運にも日本を代表する研究者、企業開発者が集い、一般層にも及ぶ幅広い関係者による各分野の最前線の研究開発、実用化構想等の有益な発表・議論の貴重な機会になりました。これにより、産学融合コミュニティーの連携促進、国民一般消費者への周知・普及の一助になれたかと存じます。次なる一歩を踏み出すべく、今回、第2回の研究会の開催にこぎつけ、昨年に勝るとも劣らない業界のキーパーソンに登壇頂きます。その講演内容は、去年時点ではまだこの世に存在しない、つまり、この一年で生まれたホットトピック・成果等も多いと伺っており、正にタイムリーな知見共有の機会となるでしょう。  最後に、改めて社会的・科学技術的・産業的に重要なタイミングにあるエルゴチオネイン・セレノネインについて、国内の産学官の関係者が一同に会し、智恵を結集し、国際競争力を発揮する有機的な連携を図り、また国民消費者の認知・理解を普及する試みの一環として、参加される皆様各人それぞれの積極的な活動を望みます。本研究会が、人類社会の未来に向けて有意義な礎となることを信じてやみません。  第2回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会 幹事  筑波大学生命環境系 准教授 大津厳生  運営委員  実行委員長  鈴木健吾(株式会社ユーグレナ執行役員研究開発担当)  実行委員  大津厳生(筑波大学生命環境系)※幹事  河野祐介(筑波大学生命環境系)  西村和生(株式会社ユーグレナ商品開発部)  橋本(丸川)祐佳(株式会社ユーグレナ研究開発部)  堀内真展(株式会社ユーグレナ商品開発部)  豊川知華(株式会社ユーグレナ研究開発部)  森京子(愛京産業株式会社 代表取締役)  講演会司会  豊川知華(株式会社ユーグレナ研究開発部)  「知」の集積と活用の場 健康長寿食品研究開発プラットフォーム(お-09)  プロデューサー  森京子(愛京産業株式会社 代表取締役)  大津厳生(筑波大学理工情報生命学術院 准教授)  森光一郎(ホクト株式会社開発研究課 係長)  大池秀明(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構  畜産研究部門 上級研究員)  プログラム  13:00 - 13:10 開会挨拶(実行委員長)  鈴木健吾(株式会社ユーグレナ 執行役員研究開発担当)  13:10 - 13:40 特別講演「エルゴチオネイン高生産スマートセルの開発  ~発酵由来高純度EGTの事業化を目指して~」  仲谷豪(長瀬産業株式会社 ナガセR&Dセンター コア技術課 課統括)  13:40 - 13:45   -------- 休憩(5分)--------  13:45 - 14:05 招待講演1「コリネ型細菌・出芽酵母を用いたエルゴチオネインの発酵生産」  平沢敬(東京工業大学生命理工学院 准教授)  14:05 - 14:25 招待講演2「郵送検査とエルゴチオネインの可能性」  瀧本陽介(株式会社ヘルスケアシステムズ 代表取締役)  14:25 - 14:45 招待講演3「食用きのことエルゴチオネイン」  森光一郎(ホクト株式会社開発研究課 係長)  14:45 - 14:55   -------- 休憩(10分)--------  14:55 - 15:15 招待講演4「米麹によるエルゴチオネイン生産」  吉冨健一(株式会社咲吉 代表取締役)  15:15 - 15:35 招待講演5「『エルゴチオネイン』を関与成分とする機能性表示食品『記憶の番人』の開発」    松本聡(株式会社エル・エス コーポレーション 製造開発部 開発    執行役員)  15:35 - 15:55 招待講演6「微生物の育種によるエルゴチオネイン生産系の構築」  石口竜誠(筑波大学生物資源科学学位プログラム 修士課程)  15:55 - 16:05   -------- 休憩(10分)--------  16:05 - 16:25 招待講演7「セレノネインによるヒトの未病改善効果を検証する研究」  世古卓也(水産機構・技術研・環境・応用部門・水産物応用開発部)  16:25 - 16:45 総合討論  司会:鈴木健吾(株式会社ユーグレナ 執行役員研究開発担当)  16:45 - 16:50 閉会挨拶(共催者代表)  森京子(「知」の集積と活用の場 健康長寿食品研究開発プラットフォーム プロデューサー)  特別講演  エルゴチオネイン高生産スマートセルの開発  ~発酵由来高純度EGTの事業化を目指して~  仲谷豪, 野口祐司, 石井伸佳, 松本淳, 小坂邦男,  仲島菜々実, 佐古田昭子, 吉田有紀, 西村優花, 嘉悦佳子  長瀬産業㈱  エルゴチオネイン(以下、EGT)はキノコなどに微量含まれる抗酸化能に優れた天然アミノ酸で、食品、化粧品、医薬品等の幅広い分野での利用が期待されている。EGTは体内で合成できないが、各組織において発現するEGT特異的な輸送体OCTN1が食事由来のEGTを細胞内に取り込むことが分かっている。近年の研究で、EGTは活性酸素種を消去し、加齢によって起こるしわや、認知機能低下などの発現を遅らせる可能性が示されている。また、体内EGTレベルの低下と、認知症、軽度認知障害、フレイル、パーキンソン病、循環器疾患との間には相関性があることも示されている。OCTN1の発見と上記の疾患との関係解明から、長期的な健康に不可欠で食事から摂取すべき「長寿ビタミン」の一つとして提唱されるなど、市場におけるEGT利用への期待が年々高まっている。  当社開発開始時には、EGTの製法としては天然物からの抽出法、化学合成法が知られていたが、純品換算で数千万円/kgといったものが多く、サプリメントや化粧品などで十分量使用できる価格のものは存在しなかった。また、使用時の扱いやすさの観点から他のアミノ酸類のように高純度品に関するニーズがあることが判明した。こうした背景から、ナガセR&Dセンターでは、2014年より発酵法を用いて安価かつ高純度なEGTを安定供給できる環境配慮型バイオ生産プロセスの開発を進めてきた。さらに2016年からは、NEDOのスマートセルプロジェクトに参画し先端バイオ技術を利用することで、EGT生産能力向上を加速してきた。これまでに、研究開始時の生産菌と比較し約1000倍以上まで生産性を高め、当社の事業化目標を超える生産菌の開発に成功した。また、生産菌開発と並行して進めてきた、培養プロセス、高度精製プロセスについても開発が完了し、現在、来年度以降の事業化に向けた検討を鋭意進めている段階である。本発表では、当社のEGT生産研究に加え、魅力的な素材であるEGTについて一般の方々に知ってもらい、産業として盛り上げていくために当社にどういったことができるかといった点にも触れたい。  招待講演1  コリネ型細菌・出芽酵母による  エルゴチオネインの発酵生産  平沢 敬  東京工業大学 生命理工学院  高い抗酸化能に基づく有用な生理作用を示すことで注目されているエルゴチオネイン (以下EGT)は、産業応用に向けてその供給量の向上が求められている。我々は、EGTの供給向上に向けて、微生物を用いたEGTの発酵生産に取り組んでいる。本講演では、アミノ酸などの有用物質の発酵生産に用いられるコリネ型細菌Corynebacterium glutamicumおよびアルコール醸造などに用いられる出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの組換え株によるEGTの発酵生産について、我々の取り組みを紹介する。  コリネ型細菌によるEGTの発酵生産  Mycobacterium smegmatis由来のEGT生合成遺伝子egtABCDEをC. glutamicumの野生株に導入した組換え株において、培養開始2週間後にEGTを20 mg/L程度生産することを見いだした。また、システイン生産株 (Kondoh and Hirasawa, Appl. Microbiol. Biotechnol., 2019; Kishino et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 2019)を宿主に用いることで、EGTの生産性を2倍程度向上させることに成功した。  EgtAはγ-グルタミルシステインの生成反応を触媒するが、C. glutamicumはEgtAのホモログを有する。そこで、egtA以外のegtBCDE遺伝子をシステイン生産株に導入し、EGT生産を評価したところ、培養開始2週間後に70 mg/L以上の生産に達し、egtA遺伝子を導入しない方が高い生産性を示すことが明らかとなった。  出芽酵母によるEGTの発酵生産  分裂酵母Schizosaccharomyces pombe由来のEGT生合成遺伝子egt1・egt2をS. cerevisiaeに導入した組換え株において、培養開始2週間後に40 mg/L程度のEGTを生産することが確認された。また、EGTの生合成に必要となるヒスチジン・システイン・メチオニンを培地に添加することで、その生産量を2倍程度増加させることに成功した。一方、M. smegmatis由来egtABCDE遺伝子を導入した組換え株においては、EGTの生産は確認されなかった。  招待講演2  郵送検査とエルゴチオネインの可能性  瀧本陽介  ㈱ヘルスケアシステムズ  エルゴチオネインは、近年の研究によって生体内における様々な機能性に関する報告と吸収動態の解明が進んでおり、次世代の機能性食品素材として注目が高まっている。我々は、エルゴチオネインの抗酸化能に着目し、精子運動性の改善と男性不妊に対する有用性検討を進めており、豚精液への添加実験とヒト臨床試験にて良好な結果を得ることができた。  一方で、動物や植物はエルゴチオネインを生合成することができないため、キノコや一部の細菌が産生したエルゴチオネインを、根から吸収したり食物から摂取して生体内に取り込んでいる。つまりヒトは、食事バランスによって生体内のエルゴチオネイン量に個人差があると想像される。  我々は、生活習慣や食生活に密接にかかわる未病バイオマーカーを開発し、一般消費者が手軽に検査できる郵送検査キットによってサイエンスに基づいた行動変容を実現しようとしている。これまでに血液や尿、唾液などの生体試料から、酸化ストレスマーカーや食品成分の腸内細菌代謝物、ビタミンやミネラルなどの検査キットを上市し、50万人を超えるユーザーに検査結果を提供してきた。  現在、エルゴチオネイン充足度を測定する検査キットを開発しており、近い将来、多くの人が手軽に自らの状態を調べられるようにしたいと考えている。さらに、郵送検査の利便性によって、食生活とエルゴチオネインの関係解明やコホート調査といった大規模研究に貢献できることを願っている。  招待講演3  食用キノコとエルゴチオネイン  森光一郎, 花山幹, 土居香織, 安積良仁, 川井絢矢  ホクト㈱開発研究課  現在、食品向けのエルゴチオネイン(以下EGT)原料として、主にタモギタケやササクレヒトヨタケというキノコが利用されています。一方、ヒラタケ、エリンギ、ブナシメジといった一般的な食用キノコにもEGTは豊富に含まれています。弊社はキノコメーカーの立場からEGTの普及と市場拡大を目指すため、食用キノコとその加工品のEGT量の調査、食育活動やWebでのEGT普及活動、EGT含有キノコの機能性解明、より魅力あるEGT含有キノコの開発などを進めています。  私達の調査では、EGTはヒラタケ属のキノコに多い傾向が見られています。弊社が生産する生鮮キノコの中でEGT含有量が最も多い霜降りひらたけには、今年度よりEGTの強調表示を開始しました。一人でも多くの人に、EGTを知ってもらいたいと考えています。  EGTはその抗酸化能により、認知症、フレイル、心血管疾患など様々な疾患の予防に関わる作用を有すると推測されています。その一つとして、弊社は皮膚障害の抑制作用について、金沢大学医薬保健研究域 加藤将夫教授と共同研究を行っています。紫外線誘導性皮膚障害モデルマウスを用いた実験では、霜降りひらたけの投与により、血漿および皮膚組織のEGT濃度上昇とともに、UVB照射による皮膚バリア能低下、肌水分量低下、および表皮肥厚といった皮膚障害が抑制されることを確認しています。現在、その分子メカニズムの解明に向け試験を継続しています。  EGTは、発酵生産の技術開発や、欧米においては食品への化学合成品の利用も進む中、国内の食品向け原料はキノコ由来のものが主流です。きのこによる効率的で安定的なEGT生産技術について、今後の市場で求められるものを開発したいと考えています。キノコのEGTにご興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非ご意見やご要望をお聞かせ下さい。  招待講演4  米麹によるエルゴチオネイン生産  吉冨健一1  1㈱咲吉     弊社は長崎県にある麹菌を使った商品の製造販売の会社です。長崎県健康長寿部会の部員として、健康寿命延伸につながる付加価値の高いヘルスケアサービスの創出に取組んでおります。  2017年9月、ニューヨークで行われた日本食レストランショーへの出展が決まり、出展する「冷凍生甘酒」の機能性を謳うために商品の様々な検査をおこない、その中にごく僅かにエルゴチオネインが含有される事を知りました。それを機に、エルゴチオネイン(以下EGT)の研究を開始しました。  自社商品のEGT含有量の調査を行ったところ最大で100gの甘酒中にEGT3.7㎎含有することが確認できました。その後継続してEGTの生合成経路に注目してコウジ菌の培養条件の検討を続けておりましたが、試験の都度自分で食していくなかで、自分の肌、頭髪、気分の変化に気がつきました。このことから、食す以外に、皮膚へ塗布の実験も開始しました。2019年には100gにEGT10㎎を含有した化粧品原料「咲吉生糀甘酒」を上市しています。また食品用途では米とコウジのみでEGT高含有化を実現した「咲吉麹」を完成させています。  そんな中、昨年の第一回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会に参加したことをきっかけに株式会社ユーグレナとの共同研究を開始しました。微細藻類ユーグレナは優れたアミノ酸バランスをもっているゆえに、EGTの原料となる含硫アミノ酸の含有率も米と比較して高くなっています。また、ユーグレナ自身でもEGTを含有していることが分かっており、ユーグレナ社の既存原料である「ミドリ麹」においても通常の米麹と比較してEGT含有量が高くなることが報告されていました。このことから、咲吉麹の発酵基質としてユーグレナを加えることで、さらなるEGTの高含有化が目指せると考えました。添加するユーグレナ濃度とコウジ菌の種類を検討した結果、咲吉麹では少量のユーグレナ添加でも米のみを基質にする場合と比較してEGTを高含有化できることがわかりましたので現時点での結果を報告します。  また、日本の食文化に欠かせない米と麹がもたらす可能性についても考察します。  招待講演5  『エルゴチオネイン』を関与成分とする機能性表示食品『記憶の番人』の開発  松本聡  ㈱エル・エス コーポレーション製造開発部 開発 執行役員  これまで機能性を表示できる保健機能食品は「特定保健用食品(トクホ)」と「栄養機能食品」に限られていましたが、2015年4月に機能性表示食品制度がスタートし、国の定めるルールに基づき、事業者が食品の安全性と機能性に関する科学的根拠などの必要な事項を、販売前に消費者庁長官に届け出れば、機能性を表示することができる制度で、トクホと異なり、事業者自らの責任において、科学的根拠を基に適正な表示を行う必要があります。2021年11月5日現在までに4651件の届出数が受理されており、記憶や注意をヘルスクレームに使用している届出数406件、上位①イチョウ葉由来(フラボノイド配糖体、テルペンラクトン)、②EPA・DHA、③大豆由来ホスファチジルセリンである(当社調べ)。エルゴチオネインは2件  今回、タモギ茸由来のエルゴチオネインを機能性関与成分とする日本初の機能性表示食品「記憶の番人」が、認知機能をサポートする食品として2021年1月に「機能性表示食品届出No.F682」消費者庁に受理されました。エルゴチオネインとしては、新規届け出となるために申請資料中に特に重要な項目がございます。一つは安全性、もう一つは、表示しようとする機能性の妥当性についてです。表示しようとする機能性(ヘルスクレーム)は「本品にはエルゴチオネインが含まれます。抗酸化作用をもつエルゴチオネインは継続的な摂取により、中高年の方の記憶力(人や物の名前などを記憶し、後から呼び起こす能力)及び注意力(物事に対して注意を集中して持続させる能力)を維持する機能があります。」としました。           私達は、ヒト臨床試験(ランダム化プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験)および層別解析を用いた方法からその妥当性を導き出し機能性表示食品の申請に用いました。主要アウトカムとしては、Cognitrax認知機能検査を利用して認知機能について評価しました。  今回の研究会発表においては、機能性表示食品申請までの開発経緯などをお話させて頂き、機能性関与成分のエルゴチオネインを一般消費者の方に啓蒙し、エルゴチオネイン含有食品を利用できるように議論させて頂きたいと考えております。  招待講演6  微生物の育種による  エルゴチオネイン生産系の構築  石口竜誠1, 河野祐介2, 大津厳生2  1筑波大・生物資源, 2筑波大・生命環境  エルゴチオネイン(ERG)は含硫アミノ酸の一種で、抗酸化能に優れ、食品や美容、医療といった幅広い分野での産業的応用が期待される。ERGは、キノコ(担子菌類)や麹菌、分裂酵母などの真菌類、細菌の一部が生合成可能だがヒトは不可能である。そのため、ヒトは、含硫アミノ酸を有する食材として摂取しなければならない。現状、市場流通するERGは化学合成的な製造品であり、グラム当たり数十~百万円と非常に高価で、製造プロセスでの溶剤の使用等による環境負荷も高いと考えられる。そこで、本研究では、より安価で低環境負荷な代替法として、微生物の発酵生産法によるERG大量生産系の技術を確立することを目的とする。  当研究室で構築してきたシステイン(Cys)生産大腸菌を利用した(Tanaka et al., Scientific Reports 2019)。ただし、大腸菌はERG生合成遺伝子を持たない。そこでERG生合成酵素遺伝子群としてマイコバクテリア由来egtABCDE遺伝子を導入及び強制発現させた育種株を作製し、基質添加量等の培養条件を検討した結果、大腸菌でのERG生産に世界で初めて成功した (Osawa et al., J. Agric. Food Chem., 2018)。本来バクテリアが有するEgtBはγ-グルタミルシステインを基質とするが、Cys生産大腸菌の強みを活かして、Cysを基質とするバクテリアタイプのEgtBを探索し(システインを基質として利用できる真核生物は存在してる)メチロバクテリア由来EgtBに置き換えることで、ERG生合成の少ステップ化(詳細は発表にて)と同時に生産性の改善(657 mg/L)を果たした(Kamide et al., J. Agric. Food Chem., 2020)。以上はフラスコ培養の結果であるが、工業生産を見据え、ジャーファメンターによる流加培養法での培養スケールアップも試みた。しかし、予想に反しERG生産量は低かった。よって、有機物含量を増やす方向で培地組成の検討を行った結果、比較的短かい培養時間で1.6 g/LのERG生産性を実現できた。ただし、依然としてヘルシニン蓄積も見られる。現在、このヘルシニンが、生産ERGと菌体で生じる過酸化水素の反応物(Servillo et al., Free Radic. Biol. Med., 2015)に由来すると仮説して、育種や培養系の改善を図っており、本発表ではこれらの結果について報告・議論したい。  招待講演7  セレノネインによる  ヒトの未病改善効果を検証する研究  世古卓也1, 山下由美子1, 山下倫明2, 臼井一茂3,  杉下陽堂4, 唐澤里江4, 遊道和雄4  1水産機構・技術研・環境・応用部門・水産物応用開発部  2水産機構・水大校・水産学研究科  3神奈川県水産技術センター  4聖マリアンナ医科大学・難病治療センター  セレノネインは、マグロ類やサバ類の血液や内蔵、血合筋に多く含まれ、強力な抗酸化能を有することから、その利用や健康に与える影響が期待されている。魚食頻度の高い人や、セレノネインを多く含む海棲哺乳類を食べる習慣のある人々の赤血球に多くのセレノネインが蓄積していることも報告されており、近年では魚食と健康に関する重要な因子として研究が進められている。一方で、実際に水産物を喫食し、セレノネインが蓄積するという報告はマウス試験にとどまっており、ヒトでの検証が求められてきた。発表者らは①ヒトにおける食事からのセレノネインの蓄積性、②生体内の抗酸化能への影響、③各種健康指標への影響を明らかにし、健康寿命延伸および未病対策に向けたマグロの継続摂取の有効性を明らかにすべく、令和3年度から共同研究を開始した。現在、100名の被験者を対象として、3週間定期的にメバチマグロの赤身もしくは血合筋を刺身として摂食する試験を進めており、①については水産機構を中心にセレノネインや総セレン、各種微量元素、脂肪酸といった項目の評価を進めている。②については神奈川県水産技術センターを中心に血漿を用いた酸化・抗酸化度の測定を行っている。③については聖マリアンナ医科大学難病治療センターを中心に、寿命延長効果に関与するSirtuin 2および腫瘍抑制因子であるP16の発現を評価する。本発表では、令和3年度から発足した共同研究について概説するとともに、近年のセレノネインに関する研究や課題について紹介したい。  御礼  本研究会の開催に当たり、下記の企業の皆様にご協力いただきました事を心よりお礼申し上げます。  農林水産省 「知」の集積と活用の場 産学官連携協議会事務局  アズ・ワールドコム ジャパン株式会社 古川様  「本研究会の開催の告知情報」をメールマガジン及びホームページへ掲載して頂きましたことありがとうございました。 

  • 第1回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会開催レポート

    I.概要  第1回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会が2020年10月8日(木)にオンラインにて開催されました。特別講演と一般演題合わせて10個の最先端研究の発表が行われ、参加者も200人以上に上り、活発な質疑応答も行われました。プログラムは以下の通りです。 主催:株式会社ユーグレナ 共催:健康長寿食品研究開発プラットフォーム(おー09) 後援:農林水産省 「知」の集積と活用の場 II.演題詳細 ①「エルゴチオネインとヒト認知能の関わり」 〇柳田充弘 名誉教授(沖縄科学技術大学院大学G0細胞ユニット)  京都大学生命科学研究科と沖縄科学技術機構(後に大学院大学)で10年以上前に質量分析機を用いた新規メタボリズム研究を開始し、細胞寿命に関わるタンパク質やメタボライトの同定と機能を追求した(Pluskal et al, Mol. Biosyst. 2009; Takeda et al, PNAS, 2010)。分裂酵母の全メタボローム解析によって抗酸化物質であるエルゴチオネイン(以下EGT)含量が培地のグルコース飢餓により上昇し細胞寿命の延長が伴うことを見出した(Pluskal et al, FEBS J, 2011)。次いで窒素源飢餓でもEGT含量が上昇すること(Sajiki et al Metabolites 2013)を見出し、分裂酵母細胞の栄養飢餓に伴う大きな代謝変化の中でEGT並びにセレノネイン(Pluskal et al 2013 Plos One)など関連メタボライトが関わる代謝変動も判明した。EGTの抗酸化作用が寿命延長と関わるならば、EGTは高等生物にも存在するのでヒトを対象とする研究の意義も予想された。このラインの研究を発展させるために以降ヒト研究は京都大学医学研究科の近藤祥司准教授グループ等との共同研究を開始した。包括的な血液メタボロミックスを行うとヒト血液と分裂酵母のパターンは驚くほどよく似ていた(75%の相同性;Chaleckis et al 2014 Mol Biosyst)。しかしEGT含量は老化度(年齢経過)と関わるという結果はえられなかった。その代わり抗酸化の低下は年齢と共に起きるようであった(Chaleckis et al 2016, PNAS)。一方絶食下でEGT含量が血漿中で増大することも見出した(Teruya et al, Scientific Reports, 2019)。わたくしたちはさらにEGTが人の認知能維持と関わるかどうかをフレール患者からサンプルを得ることにより検証した(Kameda et al PNAS 2020)。認知能低下した患者ではEGT含量が有意に相関して低下した。フレール検定された患者ではさらにEGTに加えてS-methyl-EGT、トリメチルヒスチジンのような関連メタボライトも低下した。さらに認知能低下を伴わないサルコペニアとの比較も行った。EGTおよび関連メタボライトとヒト認知能との関係は大変興味深い。 ②「トランスポーターSLC22A4を利用するエルゴチオネインの働き」 〇加藤将夫 教授(金沢大・薬学系)  トランスポーターは、細胞膜に存在し基質となる化合物の取り込みや排出に働く。我々はcarnitine/organic cation transporter 1(OCTN1/Solute carrier 22A4)の生体内での働きを解明したいと考え、その遺伝子欠損マウス(octn1-/-)を作製し、血液と臓器を対象に生体内代謝物の一斉分析(メタボローム解析)を行ったところ、octn1-/-がエルゴチオネイン(ERGO)を体内に持たないことを見出した (Pharm Res 27, 832, 2010)。野生型マウスはOCTN1によって体内にERGOを吸収後、臓器に分配し、腎臓で濾過されたERGOを再吸収することによって体内に留めるため、μM~mMレベルのERGOが体内に存在する。このことは生体がERGOを利用するため体内にトランスポーターを持っていると見ることもできる。以降、トランスポーターを利用しERGOを取り込む意味がどこにあるのかを明らかにしたいと考え研究を行っている。これまでの研究から、臓器炎症の抑制と神経新生・成熟に働く可能性を掴んでいる。実際、小腸虚血再灌流、肝線維化モデル、慢性腎臓病モデル等で野生型に比べoctn1-/-では組織破壊や酸化ストレスが顕著である一方、野生型マウスの炎症部位ではOCTN1が高発現しERGOを積極的に取り込んでいた。水溶性の高いERGOはトランスポーターがあってはじめて細胞膜を透過する。トランスポーターを使ってERGOを濃縮的に細胞内で働かせることが生体防御にとって有利なのかもしれない。ERGOの摂取が疾患の予防にどの程度有効か、さらに検討が必要である。一方、ERGOは水溶性が高いにもかかわらず脳への高い移行性を示し、神経細胞や神経幹細胞でOCTN1によって取り込まれる。ERGOは脳内でアミノ酸シグナルを介して神経栄養因子neurotrophin 5 (NT5)を誘導し、その受容体のリン酸化を促進するとともに、神経幹細胞を神経細胞に分化させる。神経細胞は自身に増殖能力がなく、増殖性細胞である神経幹細胞から神経細胞への分化は神経の新生を示唆する。実際、マウスに 2週間ERGOを経口投与すると記憶・学習能力の向上が見られ、これに神経新生が関わっているかもしれない。最近、(株)エル・エスコーポレーションとの共同研究によりERGOを多く含むタモギタケエキス末の摂取でヒトでも認知機能の向上が示され、ERGOの脳での働きが強く示唆される。 ③「うつとアルツハイマー病の最新研究とエルゴチオネイン」 〇楯林義孝プロジェクトリーダー(公益財団法人東京都医学総合研究所・うつ病プロジェクト)  今後10〜 15年の間に超少子高齢化社会が本格的に日本を襲う。そのこと自体、長く危惧されて来たことではあるが、コロナ禍という想定外の要因も加味された現状、今後実際に何が起こるのか?その実態をリアルに理解するにはかなりの想像力が必要になった。さらに対応策まで考えるのは気の遠くなる作業となりつつある。  私の担当する分野では認知症(特にアルツハイマー病)やうつなどの精神疾患に如何に対応するか?がその最も大きな課題である。私はその最先端の研究現場にいるにも関わらず、現状あまり明るい未来は見えてこない。本講演では、実際私がどの様な危 機感を持っているのか?様々な方面から私なりに検証してみた事実をご紹介するとともに、その解決策としてエルゴチオネインがどの様な(重要な)位置付けにあるのか?皆様と一緒に考えていきたい。 ④「低酸素適応におけるセレノネインの役割」 〇山下倫明教授(国立研究開発法人水産研究・教育機構水産大学校)  セレノネイン2-selenyl-Nα,Nα,Nα-trimethyl-L-histidine はマグロ類の血合筋や血液に高レベルに含まれる主要なセレン化合物である。強力なDPPHラジカル消去活性(RS50値 1.9μM)を有し、ビタミンE誘導体Trolox®(RS50=880)およびエルゴチオネイン(RS50=1700)と比べて著しく高かった。セレノネインを培養細胞や赤血球に投与するとorganic cations/carnitine transporter 1(OCTN1)を介して細胞内に取り込まれ、活性酸素種の生成を抑制することで、ヘムのメト化を抑制した。ブリに投与するとヘモグロビンの酸素解離曲線が右方シフトし、酸素貯蔵能が上昇した。また、セレノネインの蓄積によって筋肉の酸化還元電位が低下し、生体抗酸化作用が向上した。魚類および哺乳類でのセレノネインの蓄積と分布を調べた結果、セレノネインは赤血球に多く含まれ、血漿には含まれなかった。クロマグロの赤血球中には53 mg Se/kgと高レベルに含まれていた。マグロ類、サバ類などの赤身魚の組織に多く含まれており、ニワトリ心臓、ブタ腎臓などの家畜内臓にも痕跡程度に検出された。  鹿児島県離島での健康調査によって、ヒトの赤血球でも、総セレン含量は0.51 mg/kg、セレノネイン含量は0.21 mg Se/kg検出され、魚食頻度に応じて蓄積した。カナダイヌイットの疫学調査では、魚食由来のセレンは心筋梗塞や高血圧予防に関与することが報告されている。魚食によるセレノネインの摂取は、生活習慣病や老化の予防効果が期待される。魚食由来のセレンによる健康機能性を調査するためには、全血または赤血球画分を用いてセレノネイン含量を測定する必要がある。従来の研究では、血清画分がセレンの測定に用いられるが、血清にはセレンタンパク質が含まれ、セレノネインは赤血球に局在するので、魚食由来セレンの蓄積を測定するためには赤血球を用いる必要がある。  これまでの研究成果からセレノネインの生理作用として、①ラジカル生成の防止、②捕捉したラジカル・メチル水銀のエクソソームを介する分泌、③ヘム鉄の自動酸化防止、④金属酵素の阻害、⑤チオール基の化学修飾、⑥セレンタンパク質遺伝子の転写・翻訳調節、⑦レドックス状態のシグナル、⑧ NA損傷修復、などが推定される。このことから、海洋生物では低酸素や深海環境、飢餓、高水温への適応、陸上動物では低酸素や高地への適応、過酸化物の解毒などへの関与が考えられる。 ⑤「セレノネインの標準品製造と代謝研究」 〇世古卓也研究員(水産機構・水技研・環境・応用部門・水産物応用開発部)  セレノネインは、サバ類、マグロ類に多く含まれ、強力な抗酸化能を有することから新たな機能性成分としての利用が期待されている。その含有量測定や機能性評価に精製セレノネインは必須であるが、水産加工残滓を原料としていることや、夾雑物が多いことから標準品を安定的に得るのは困難であった。また、セレノネインの機能性研究が進展する一方で、安全性評価に必要な動態や代謝研究は十分に行われていなかった。本研究では、分裂酵母 株の産生物を用いて、セレノネインの標準品製造に必要な新たな精製法を検討した。また、同位体標識したセレノネインを精製し、マウスに投与することでその臓器蓄積や代謝を評価した。  酵母遺伝資源センターから提供された遺伝子組換分裂酵母株(FY25320)に既報の方法でセレノネインを産生させた。菌体の熱水抽出物をHPLCと逆相カラム(C30)で粗精製した後、ペンタブロモベンジル基を有するカラム(PBr)でセレノネイン単量体をエルゴチオネインから分離・精製した。同位体標識セレノネインはSe-76セレン酸を用いて生合成し、上記と同様の方法で精製した。代謝試験は Balb/cマウスに標識セレノネイン水溶液を胃ゾンデ法及び飲水で投与し、各種臓器と尿を回収した。セレノネインの分析にはLC-PDA-HRMSとICP-MSを用いた。  C30とPBrの2種のカラムを用いてセレノネイン単量体の分離に成功した。しかしセレノネイン単量体は水中で瞬時に二量体を形成し、単量体と二量体の混合物もしくは二量体しか得られなかった。Se-76標識セレノネイン二量体をマウスに投与したところ、尿中からSe-76メチルセレノネインが検出され、セレノネインは検出されなかった。投与した標識セレノネインはすべて二量体であったため、セレノネイン二量体は消化系もしくは生体内で還元され、メチル化されて排出されることが推測された。また、赤血球、肝臓、腎臓、脾臓にセレノネインの蓄積が認められた。 ⑥「北海道産きのこの利用拡大に向けて-特産きのこタモギタケ新品種の開発-」 〇米山彰造研究主幹(道総研・林産試)  タモギタケ(Pleurotus cornucopiae var. citrinopileatus)は,北海道・東北地方を中心に消費されてきた。最近では,品種改良によって日持ちが改善し,東京・大阪方面にも生鮮物が出荷されるとともに,タモギタケ独特の風味や多様な機能性効果が好まれ,国内全域で消費されるようになった。生産量の拡大にともない,北海道立総合研究機構 林産試験場では,品種改良を重ね,生産効率の向上や生鮮および加工に適した品種を開発し,開発品種の国内シェアは 50%以上の 300トン程度で推移している。今後も用途開発による生産量拡大を目指している。  一方,タモギタケは多量の胞子を飛散し,ヒトへの影響や栽培施設の汚染が問題となっており,演者らは突然変異育種により無胞子性タモギタケを開発してきた。また,タモギタケは,高い抗酸化能や記憶学習向上作用を有するアミノ酸の一種であるエルゴチオネイン(EGT)の含量が他のきのこ種に比べ高いが,本菌における EGT含量は菌株間によって大きく異なることを把握した。そこで,演者らは EGT高含量株と無胞子性を付与した菌株を素材として,無胞子性と EGT高含量特性を併せ持つ菌株を二つの方法により,開発した。一つは常法(無胞子性株と EGT高含量株の交配とEGT含量評価)により,無胞子性EGT高含量株を選抜した。もう一つは,育種の効率化のため,植物分野で利用されているTILLING ( Targeting Induced Local Lesions in Genomes ) 法を用い,EGT生合成遺伝子を標的として,変異体リソースからEGT高含量自殖株を得,当該自殖株と既得の無胞子性変異株の交配により,両形質を併せ持つ無胞子性EGT高含量株を作出した。さらに,本研究では,選抜の過程において,無胞子性DNAマーカーの開発およびEGT含量形質のQTL解析による原因遺伝子の探索も行い,タモギタケの分子育種技術の基盤を構築した。  なお,本報告はイノベーション創出強化研究推進事業(開発研究ステージ27036C)の研究成果を日本きのこ学会,日本木材学会,日本菌学会および日本育種学会で報告した内容の一部である。 ⑦「雪国まいたけとエルゴチオネイン」 〇田中昭弘 研究開発推進役(株式会社雪国まいたけ・研究開発部)  我々は、エルゴチオネイン(ERG)の製品化研究を 2011年に開始したが、何故、当時この物質に着目したか、そして現在の当社の開発状況および、世界における ERGの最近の研究動向について論文を紹介する。  研究に着手した10年前は、市場で販売されている純粋なERGは合成品でしかも高価格で、天然由来の精製品は販売されていなかった。ERGはもともと名前の由来にある様に、麦角菌から発見され、キノコ(担子菌類)、麹菌などの真菌類、放線菌、シアノバクテリアといった微生物が産生することが知られていた。そこで、当社が販売するキノコのうち、ERGが多く含有されるヒラタケ類のエリンギに着目し、乾燥子実体からの抽出方法ならびに精製方法を検討し、純粋なERGの取得方法を確立した。現在はエリンギ子実体からの取得方法に加え、更に ERGを多く含有するタモギタケの子実体、また、大量培養しやすいタモギタケ菌子体から純粋なERGを製造することに成功した他、ERG高含有抽出物やERG高含有子実体粉末などの製品開発に至っている。  一方で着手当時は、ERGが各種活性酸素を消去する高い抗酸化能を有し、ミトコンドリアのエネルギー産生による宿命的な酸化ストレスを低減するなど、その有用性について想定される多くの報告があったが、その具体的な機能性について、決め手となるような報告は少なかった。しかし、ここ数年、酸化ストレスと密接な関連があるうつ病やアルツハイマー病などの神経変性疾患に対する有効性が薬理学的に示され、また、キノコを多く摂取することが軽度認知症への移行を抑制し、その作用がERGによるところが大きいという臨床研究が発表されている。  更に、新型コロナ患者の治療に役立つかもしれないというレビューがメタ解析結果ではあるが発表されるなど、その機能性に関して、ERG発見以来100年以上経たつい最近、漸く人類にとっての真の有用性が示されてきていると感じている。  ERGがその有用な機能性にもかかわらず普及してこなかった大きな理由としては、研究のための純品のあまりの価格の高さがボトルネックになっていたことが考えられ、我々としては、純品を安価に提供してERGの研究がさらに加速し、また、ERG関連製品のより安価な消費者への提供と普及が人類の健康と福祉に役立つことを期待している。 ⑧「微細藻類ユーグレナに関連したエルゴチオネイン研究の可能性」 〇鈴木健吾執行役員(株式会社ユーグレナ・執行役員 研究開発担当)  発酵産業において、有用成分であるエルゴチオネイン等に係る硫黄関連の代謝について注目されているが未知の部分も多く存在している。株式会社ユーグレナでは、微細藻類ユーグレナを用いた社会課題の解決を目指す中で、有用成分の増減に関与し、細胞内酸化還元状態の指標となるメタボロミクスも重要な研究のテーマとして位置付けている。  微細藻類ユーグレナはワックスエステル発酵と呼ばれる代謝経路を持っており、周囲に酸素がない条件において細胞内にワックスエステルを合成し蓄積することが知られている。このワックスエステル発酵において硫黄化合物の代謝が伴われることが経験的に予想されており、これを調べるために硫黄のメタボロミクスを試みた。通常状態と、ワックスエステル発酵させた培養液の上清、及び沈殿(細胞)のそれぞれで硫黄メタボロームを比較した結果、ワックスエステルの生産に対応して、グルタチオンが減少し、含硫アミノ酸が増加する様子が確認された。また同様に、ワックスエステル発酵において、タンパク質の分解も含硫アミノ酸の増加に寄与していることが確認され、ワックスエステル合成経路の副次的な代謝反応の理解を得ることができた。  さらに、ユーグレナにおいて硫黄メタボロミクスを実施する過程で、微量ではあるが、エルゴチオネインもユーグレナ自身が合成・蓄積することが見出された。ユーグレナのエルゴチオネインもワックスエステル発酵に伴い減少する様子であるため、この減少を防ぎつつ、高含有化させるための手法を開発することで、ユーグレナ素材の新たな魅力にできるのではないかと期待している。また、米麹の生産プロセスにユーグレナを添加して作製する株式会社ユーグレナの商品『ミドリ麹』においては、従来の方法で生産した米麹と比較してエルゴチオネイン含有量が約 2.9倍になることを確認した。麹の持つ抗酸化機能の一部はエルゴチオネインに由来すると考えられるので、その機能を強化することができる可能性が示唆されたと考えられる。  これらの事例などから、エルゴチオネインを含めた硫黄メタボロームの分析結果は、生物生産の現象理解から、素材としての特性を理解することによる販売方針決定の参考になることを示した。今後も、硫黄メタボロミクスを自分たちの研究開発の効率的な進捗の一助としていく予定である。 ⑨「エルゴチオネインの組換え微生物による発酵生産」 〇佐藤康治 助教(北大院・工)  Ergothioneine (ERG) は含硫アミノ酸の一種で、その抗酸化活性や生理的な役割が注目されている化合物である。ヒトはERGを生合成できず食事より摂取しているが、摂取源はキノコなど限定的で、かつ含有量も低い。近年、健康志向の高まりから栄養補助食品としての利用が拡大しているが高価であり、広く普及するには至っていない。したがって、新たな供給源として、安価で安定供給が可能な微生物による発酵生産が注目されている。我々は組換え大腸菌やコウジカビによる発酵生産に取組んでおり、その研究成果の一端を紹介する。  大腸菌は、古くから物質生産に広く用いられている有用な宿主である。しかし、大腸菌はERG非生産菌であるため、生合成経路の再構築による異種宿主生産について検討した。ERG生合成遺伝子が同定されたMycobacteria由来egtABCDE遺伝子を用い、5ステップからなるERG生合成経路を再構築し、各遺伝子の高発現と基質添加条件等を検討し、24 mg/LのERG生産を達成した (Agric. Food Chem. 66, 1191, 2018)。しかし、初発中間体であるhercynine (HER) が著量蓄積しており、これを基質に用いるEgtBが律速反応と考えられたので改善を試みた。EgtBはアミノ酸配列に基づき5つのクレードに分類される。Mycobacteria由来EgtBはクレード1に分類され、HERとγ-glutamylcysteineを基質にhercynyl-γ-glutamylcysteine sulfoxideを生成する。他方、クレード2のEgtBはHERとL-cysteineから hercynyl-cysteine sulfoxideを生成するため、合成経路を3ステップに短縮でき、より効率的な生産が期待された。そこで、高活性なクレード 2タイプEgtBを探索し、上記異種宿主発現に利用した結果、最終的に生産性を657 mg/Lに向上させることができた (J. Agric. Food Chem. 68, 6390, 2020)。  また別宿主として、日本の伝統的発酵食品の製造に用いられているコウジカビを用いたERG生産の可能性についても検討しており (Biosci. Biotechnol. Biochem. 83, 181, 2019)、その成果についても合わせて紹介する。 ⑩「エルゴチオネインの農畜産・水産食品への活用」 〇大島敏明名誉教授(海洋大・海洋生命科学)  エルゴチイン(ERG)は強いラジカル消去能を有し,油脂やヘムタンパク質の酸化を抑制する。一方,ポリフェノールオキシダーゼ(PPO)の活性を阻害する。食用キノコの中でも,タモギタケ,エノキタケ,ヒラタケなどのERG含量は比較的高い。  ブリ(ハマチ)は血合肉の鮮やかな赤色が好まれるが、ミオグロビン(Mb)の酸化(メト化)による肉色の暗褐色化の進行が速い。エノキタケ抽出物中のERGは経口的に生体組織に取り込まれ,冷蔵中のハマチ肉においては血合肉Mbのメト化と脂質酸化が有意に抑えられ、肉色の劣化が遅くなった。高品質食材として,海外市場への展開が待たれる。  採卵鶏および数種家畜においても、給餌によりERGの体組織への取り込みが起こる。さらに,飼料を通してERGを取り込んだ組織では脂質酸化が有意に抑制された。ERG強化鶏卵は既に製品化されている。  生鮮エビ・カニ類の貯蔵中に進行する身肉および外殻表面の黒変は,PPOによりポリフェノール類から酸化生成されるキノン体の化学的重合物であるメラニンの蓄積に起因する。活エビ・カニ類ではキノン体はほとんど存在しないが,斃死後には体液(へモリンフ)中に急速に増加する。ERGはクルマエビとベニズワイガニのPPO前駆体合成に関わる遺伝子発現を抑制し,同時に銅との錯体を形成することから,PPO活性が強く抑制されるものと考えられた。バナメイエビおよびブラックタイガーエビ,日本海で漁獲されるベニズワイガニ,養殖クルマエビに対して活状態でキノコ抽出液への浸漬処理を実施したところ,その後の冷蔵中に黒変防止効果が得られた。食添として使われる亜硫酸ナトリウムを代替する天然素材としての需要が考えられる。  このように、きのこ由来のERG含有抽出物を家畜に与えることにより、メトMb生成に起因する肉色の暗褐色化ならびに脂質酸化を起こしにくい高品質な魚肉や食肉・鶏卵を創作できた。さらに,化学合成品に頼らない天然嗜好のエビ・カニ類を流通できることも示された。  今後,ERGを強化した農畜産・水産品の摂食がヒトの健康機能に及ぼす影響に関する応用研究は,急速に進展するものと期待される。 III.まとめ  国内の産学官のエルゴチオネイン・セレノネイン研究開発者が一同に会し、智恵を結集し、国際競争力を有する研究推進へと繋げ、同時に消費者への認知・理解も普及する活動の一環とすべく、第1回研究会が滞りなく開催されました。本研究会が知の集積、健康長寿のプラットフォームとして継続的に開催され、人類社会の未来に向けた有意義な会として発展していくことが期待されます。

  • 次世代のサステナブルな食糧生産法の紹介【精密醗酵(せいみつはっこう)】

    昨今、”精密醗酵(precision fermentation)” と呼ばれる技術の研究が産業レベルまで成熟してきています。 この技術を活用すると、哺乳類に頼らずに微生物の力だけでお肉や牛乳などの食用タンパク質が作れるようになるのです。 世界の食料問題解決のカギとも言われるこの技術についてご紹介いたします。 醗酵のイメージ(MrdidgによるPixabayからの画像) 〇哺乳類由来肉が抱える環境負荷の問題 近年、牛肉や豚肉などの哺乳類由来のタンパク質が与える環境への影響が注目されています。 牛肉や豚肉は当然それぞれ牛や豚からとれるわけですが、これらを育てるためには非常に多くの資源を必要とします。 例えば牛肉は1kg生産するために、飼料として消費されるトウモロコシは11kgに上ると言われています。 知ってる?⽇本の⾷料事情〜⽇本の⾷料⾃給率・⾷料⾃給⼒と⾷料安全保障〜 p.4より(農林水産省) すなわち、牛肉は実際に食べられる量の10倍以上量の別の食べ物を消費しなければ作れないのです。 飼料用のトウモロコシを育てるためにも多量の水・栄養源が消費されていることを考えると、牛肉等の哺乳類由来のタンパク質は、資源消費量の多い高環境負荷な食品ということができます。 世界人口は増加の一途をたどっており、このままでは大規模な飢饉発生すると言われている中で、哺乳類性のタンパク質の生産は大きな負荷になっています。 World Population 1820 2019 – SciFi (sciencefiles.org) この問題の解決のために、哺乳類由来に代わる様々なタンパク質食料の提案がなされています。 例えば植物や培養細胞を使った代替肉や、より環境負荷の低い昆虫食などがこれにあたり、すでに様々な企業が商品化に着手しています。 〇精密醗酵の特徴と代替肉との違い 精密醗酵もこれらに並ぶ、哺乳類に頼らないタンパク質生産法の一つです。 精密醗酵では、カゼインやオボアルブミンなどといった哺乳類由来のタンパク質を、微生物によって作らせる方法です。 これまでの代替肉と違うのは、これらが哺乳類由来とは異なる種類のタンパク質をお肉のように似せているだけなのに対して、哺乳類由来と全く同じ種類のタンパク質を作れているという点です。 一口にタンパク質といってもアミノ酸配列によって機能も風味も異なるため、精密醗酵で作られたお肉には風味や栄養素の面でも、既存の哺乳類由来のお肉と全く同じものが作成されできることが期待されます。 精密醗酵は微生物の遺伝子組み換え技術が前提となっており、本来哺乳類で作られるたんぱく質の遺伝情報を微生物に導入することで、同じタンパク質を微生物に作らせています。 Arek SochaによるPixabayからの画像 実は、類似の技術自体は古くからあるものです。 特定のタンパク質を大腸菌等に作らせる(=リコンビナント発現)は微生物学分野では汎用的な技術です。 産業分野でも、動物から作ると効率の悪いインスリン(糖尿病患者に投与する医薬品)やレンネット(チーズの凝固に使われるプロテアーゼ)の生産に使われています。 代替肉分野で革新的なのは、牛乳やお肉などといった、大量かつ複雑なものも再現するほどの精度で生産が可能になったことです。 例えばイスラエルにあるスタートアップ企業のImagindairy社は、精密醗酵によって牛乳が持つ何十種類ものタンパク質を正確に再現することで、本物と見分けのつかない完全な牛乳を作ることを目指しています (Imagindairy ) 〇ユーグレナ社の取り組み 当社でも以前より様々な低環境負荷食材の開発に着手しており、精密醗酵についても研究を開始しています。 藻類には、光合成によって二酸化炭素からタンパク質を合成できるという特性があります。 この特性を活用すれば、将来的には二酸化炭素からお肉を合成する、なんてことも可能かもしれません。 食についても将来への不安の少ない持続的な未来を作るため、今後とも研究開発を進めていきます。

  • ユーグレナ味の牡蠣!? ~~~販売開始~~~

    冬になると食べたくなる、牡蠣。実は牡蠣はサステナブルな可能性に溢れた食品だと言うことはご存じでしょうか? 牡蠣殻の主成分は炭酸カルシウム (CaCO3) ですが、牡蠣は成長の過程で海水に溶け込んだCO2を間接的に取り込んで牡蠣殻を合成するため、炭素の固定に寄与することが期待されています。さらに牡蠣養殖は、投餌の必要がないため環境負荷が少ない点、異常発生したプランクトンを摂餌により除去して海洋環境における物質循環の調整役を担う点からも、牡蠣はサステナブルな食材として注目されており、WWFのレポートでも言及されています(https://www.wwf.or.jp/activities/data/20210308resource01.pdf)。 冬になると食べたくなる「牡蠣」 一方、弊社が有する独自素材、微細藻類「ユーグレナ(和名:ミドリムシ)」もサステナビリティへの寄与が期待される食材です。59種類の豊富な栄養素を含み健康食品として利用されるだけでなく、成長時に光合成をしてCO2を吸収するため、人と地球の健康を同時に実現するポテンシャルを持つ素材として注目されています。微細藻類ユーグレナについての紹介記事は⇒こちら 微細藻類「ユーグレナ」 この度、株式会社ユーグレナとうみの株式会社は、これらのサステナブルな素材、ユーグレナと牡蠣を組み合わせて、「フレーバーオイスター ユーグレナ」を共同開発いたしました。 「フレーバーオイスター」はうみの株式会社らが特許出願しました独自技術により作られます。この技術は、飼育水中に懸濁した非水溶性の微粉末を投餌すると牡蠣類が餌と誤認して摂食してしまう点と、牡蠣を海水から水揚げしてしまうと腸管内容物は排出されず保持される、という2つの性質を利用したものであり、任意の素材を取り込ませ、風味づけを行うことができる優れた技術です。 ひと口目は通常の牡蠣、しかし噛み進めると給餌素材の味わいが口に広がっていき、複雑で奥ゆかしい豊かなおいしさが感じられます。 この技術を用いて共同開発しました「フレーバーオイスター ユーグレナ」。断面からは緑色のユーグレナが垣間見られます。ひと口目は通常の牡蠣ですが、二口目から徐々にユーグレナの風味が広がってきます。牡蠣がユーグレナを少し消化したおかげで、ユーグレナ粉末をそのままかけて食べるよりも、ユーグレナの特徴的な藻の香りが抑えられ食べやすくなったのは興味深い点です。ユーグレナのフレーバーが感じられる美味しい牡蠣であることもさながら、ユーグレナが持つ豊富な栄養素も含まれ、さらには海や地球のサステナビリティに貢献できる可能性を有する商品となりました。 「フレーバーオイスター ユーグレナ」の断面図 社内のメンバー(28名)ではありますが、「フレーバーオイスター ユーグレナ」試食会が行われました。その結果、通常の育て方をした基準の牡蠣に比べて、好意的な食味結果が得られました。個人の感想ではありますが、「クリーミー感があった」「身が厚くうま味があった」等の声が聞かれ、ユーグレナフレーバーの牡蠣で一定の評価をいただくことができました。 [参考] 社内メンバー (28名) での試食会のアンケート結果 比較対象 (通常の牡蠣) での各項目を3とした際の相対値 以上のような「フレーバーオイスター ユーグレナ」、この記事をお読みいただいてお味が気になる方はいらっしゃるのではないでしょうか?そんな方々は、⇒こちら をチェックです。「フレーバーオイスター ユーグレナ」をお求めの方は通販サイトからご購入いただけます。 牡蠣小屋うみの https://kakigoyaumino.com/ (内容) ・プレーン8個 ・フレーバーオイスター ユーグレナ8個 (価格) 5,500円(税、送料別) 食べて美味しく、人も地球も健康に。この機会にご賞味いただき、ぜひ食卓で味わいながらサステナビリティについて考えていただくきっかけになればと考えています。 弊社はこれまで、バイオマスの5F※の基本戦略に基づき、ユーグレナなどの微細藻類を活用して、食品や化粧品をはじめとするヘルスケア事業やバイオ燃料開発・製造などのエネルギー・環境事業に取り組んできました。今回開発した「フレーバーオイスター ユーグレナ」は、5Fの中ではFeed(飼料)利用に相当し、ユーグレナのさらなる活用を進めるものです。ユーグレナ社は今後も、ユーグレナなどの微細藻類を活用した事業を推進します。 ※ バイオマスには、重量単価が高い順にFood(食料)、Fiber(繊維)、Feed(飼料)、Fertilizer(肥料)、Fuel(燃料)の5つの用途があり、重量単価の高いものから低いものに順次事業を展開していくことで、バイオマスの生産コスト低減とバイオマスの利用可能性の拡大を推進する、という事業戦略

  • 宇宙飛行がマウスの肝臓に与える影響の一因を特定しました!

    2021年9月、アメリカのスペースX社がついに民間宇宙飛行を達成しました。 驚くべきことに、今回の宇宙飛行を達成した宇宙船『クルードラゴン』は、わずか半年ほどの訓練を経ただけの民間人4名のみをクルーとし、3日間の宇宙飛行ののち地球に帰還しました。 クルードラゴンがISSにドッキングする様子(©NASA) もはや宇宙飛行は我々民間人にとっても夢物語ではなく、生きているうちに人類が宇宙に移住する未来も見えてきているのです。 一方で、そうはいってもまだまだ本格的な宇宙移住に向けて解決するべき課題も山済みです。 特にわかっていないのが宇宙空間が生物に与える影響です。 宇宙空間は、あらゆる意味で地球上とは異なる環境です。大気が違うのはもちろんのこと、無重力環境や高線量な宇宙放射線の照射、数百℃に及ぶ寒暖差など、生物にとって過酷な要素がいくつもあります。 これらによって、宇宙飛行を行った生物はしばしば原因不明な体調不良を訴えることが知られています。 もっともよく試験されるマウスでは、特に肝機能に肝臓の線維化や非アルコール性脂肪肝などのいくつかの障害が見いだされることがわかっています。これらは、いずれも重症化することで肝臓がんへと派生する疾患であり、その原因の特定・対策の開発が望まれます。 株式会社ユーグレナではこの度、独自の解析手法『サルファーインデックス解析』によって、宇宙飛行がマウスの肝臓に悪影響を与える一因を特定いたしました! サルファーインデックス解析は、筑波大学の大津巌生 准教授によって開発された解析手法です。 生体内の酸化還元反応の中核を担う硫黄化合物を網羅的に解析することで、生体内が酸化的なのか還元的なのか、それらは何によって引き起こされているのかなどを明らかにすることができます。 (サルファーインデックスの紹介ページ: https://tech.euglab.jp/sulfur/ ) 当社では、大津先生と特別共同研究を進め、JAXAから譲り受けた宇宙飛行を行ったマウスの肝臓をサルファーインデックス解析によって調べました。 研究の概略図 結果として、宇宙で飼育したマウスは、人工重力のあるなしに関わらず肝臓にある還元的な硫黄化合物が減少していることがわかりました。 これらの硫黄化合物は体内で抗酸化物質として働くため、宇宙での生活によって酸化ストレスを受けた結果、そのストレスを打ち消すために消費された可能性が考えられます。 宇宙飛行によって、減少した抗酸化物質 また、宇宙飛行を行ったマウスの肝臓での遺伝子発現を確認したところ、酸化ストレスや硫黄化合物代謝に関する遺伝子が多く発現していることが確認されました。 これも、強い酸化ストレスを受け、それにより減少した硫黄化合物を補うために起きたことだと解釈できます。 これらの結果は、当社研究開発部と筑波大学との共著によって、英国の科学学術誌Scientific Reports誌に掲載されました。 (掲載論文リンク : https://www.nature.com/articles/s41598-021-01129-1) 本研究成果は、宇宙での活動が活発化する近未来に向けて、人類が宇宙で健康的に活動するための重要な手掛かりとなることが期待されます。 具体的には、以下のような研究発展を見せる可能性が考えられます。 本研究によって、生体内の抗酸化物質が、宇宙で発生する酸化ストレスを緩和しうることが示唆されました。 このことは、宇宙での健康維持に硫黄系抗酸化物質の摂取が有効である可能性をも示します。 特に重要なのが、本研究により宇宙飛行によってエルゴチオネインの量が地上での生活時の半分ほどまで減ってしまうことが明らかとなったことです。 (エルゴチオネインの紹介ページ: https://tech.euglab.jp/ergothioneine/ ) エルゴチオネインは哺乳類の体で合成することができず、一部のキノコなどから微量に摂取するしかない物質です。 通常の宇宙生活において、減少したエルゴチオネインを既存の宇宙食のみで摂取することは難しく、従って、新たな宇宙食の開発指針となることが期待されます。

  • アルコールとデータサイエンス ー日本酒におけるデータサイエンスの研究の紹介ー

    アルコールとデータサイエンス これまでの「アルコールとデータサイエンス」のシリーズで、 アルコール飲料とデータサイエンスの関係性機械学習の大まかな分類とそれぞれの特徴 については紹介させていただくことができたと思います。 では、最後にユーグレナ先端技術研究課で行われている日本酒などのアルコール飲料に対する研究について、ご紹介させていただきたいと思います。 サルファーインデックス 以前の記事で紹介させていただきましたが、ユーグレナが特許を取得している解析技術に「サルファーインデックス」と呼ばれるものがあります。 サルファーインデックス技術は、硫黄化合物に特異的な誘導体化試薬を用いたLC-MS/MSを実施することにより、一般的な手法では検出できない微量な硫黄化合物の高感度かつ網羅的な検出や、有機硫黄化合物、無機硫黄化合物、さらには酸化型、還元型を問わず約50種類の硫黄化合物を同時に分析することができる技術です。サルファーインデックス受託分析サービス https://tech.euglab.jp/projects/%e3%80%90%e7%a0%94%e7%a9%b6%e7%b4%b9%e4%bb%8b%e3%80%91%e3%82%b5%e3%83%ab%e3%83%95%e3%82%a1%e3%83%bc%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%87%e3%83%83%e3%82%af%e3%82%b9%e8%a7%a3%e6%9e%90/ これがこれまでのアルコール飲料の話とどのような関係にあるのか。サルファーインデックスは、生物内で行われる無数の参加還元反応で多く使われている硫黄化合物の量を測定するために開発されたものです。これを調べることによって、生物内でどのような酸化還元反応が行われているのかを理解することができます。 また、日本酒やワインなどのアルコール飲料は、酵母などの菌類が様々な物質を発酵させることによってアルコールを作り出すプロセスに基づいて作られます。つまり、日本酒やワインの味わいには、菌類の活動が深くかかわっているのです。 サルファーインデックスを用いたアルコール飲料の解析 ユーグレナ先端技術研究課では、このサルファーインデックス技術ををつかって、アルコール飲料を分析する研究を行ってきました。開発者である大津先生の研究によれば、ビールをサンプルにした研究において、異なるサンプルのグループ間で差が見られたとのことです。 この研究では、多次元尺度法と呼ばれる機械学習を使うことで結果を解釈しています。これは前の記事で紹介させていただいた教師なし機械学習の一種で、データの中にある関係性を見るときに有効です。 この研究結果を踏まえると、サルファーインデックスは様々な発酵食品に対して、その分類や味わいの判断のために有効であると考えられます。先端技術研究課では、サルファーインデックスのPoCとしてもう一つ、アルコール飲料である日本酒に関しても分析しました。その結果の一部が次のようになります。 日本酒での解析結果 左がサルファーインデックスを含むメタボロミクスデータを次元削減したもの、真ん中が日本酒で定量的な評価として使われていた日本酒度と酸度でプロットしたもの、右が日本酒の専門家の方々に官能評価をしていただき、その結果を2次元にマッピングしたものです。 それぞれの関係性がわかりやすいように、専門家の方に行っていただいた官能評価(右図)をk平均法で色付けし、左の2つのプロットでも同じ色付けを行った形になります。これを見ると真ん中の日本酒度と酸度のプロットより、左のメタボロームデータを次元削減した結果の方が同じ色のグループがきれいに分離しているように見えます。 ビールや日本酒のようなアルコール飲料は、その生成過程に菌の活動が深くかかわっています。そのような食品の相対的な関係性を理解したいときには、サルファーインデックスという硫黄化合物の網羅的な解析技術や機械学習の中の次元削減と呼ばれる手法が役に立ちます。今回の解析のように味わいの近いに日本酒などがわかることによって、今後の商品戦略や顧客分析に対しての有効な情報源になることが考えられます。 サルファーインデックス受託分析サービスのご紹介 これまでになかった新しいデータと、近年便利に活用することができるのようになったデータサイエンスの手法をもとに、新たな知見やインサイトを得ることは可能です。サルファーインデックスは、今後様々な食品の分析に活用されることが期待されます。サルファーインデックスのご活用に興味を持たれた方は、下のリンクからご参照ください。 https://www.euglena.jp/businessrd/rd/sulfurindex/ 受託までの流れ 以上で「アルコールとデータサイエンス」の全三回とさせていただきます。最後までご覧いただきありがとうございます。

  • アルコールとデータサイエンス – そもそも機械学習とは? –

    機械学習とは 前回の『アルコールとデータサイエンス - scikit-learn wine datasetの活用 -』では、アルコール飲料であるワインや日本酒とデータサイエンスのかかわりについて触れ、最後にはLightGBMを用いたワインに使われている品種に対する多クラス分類予測を紹介しました。 しかしながら、前回の記事だけでデータサイエンス、特に機械学習のイメージを掴もうとするのは難しかったと思います。そこで今回は、機械学習ってそもそも何なのか?という観点で説明させていただきたいと考えています。 では、 機械学習ってそもそも何なのか? 機械学習とは、次のように定義されることもあります。 機械学習とは、言語やゲームなどをはじめとした人間の様々な知的活動の中で、人間が自然と行っているパターン認識や経験則を導き出したりするような活動を、コンピュータを使って実現するための技術や理論、またはソフトウェアなどの総称である。IT用語辞典バイナリ 人間は感覚器を通して得られた刺激を、これまでの経験に基づいて、特定のパターンであるとして認識して、過去の経験と紐づけることができます。 例えば、生後間もない赤ん坊に初めて猫を見せてたとき、赤ん坊はそれを視覚から入ってくる新しいパターンであると理解しても、それが何であるか一般的に理解することはできません。その後徐々に年を重ねるにつれて、実物や写真などで猫を見る機会を経て、徐々に『このパターンは猫である』と認知するようになっていくのです。 コンピュータの進化が進むにつ入れて、人工知能というものが作られるのではないかという空想は、フィクションは長い間の中で扱われてきました。 しかしながら、それはフィクションの話であって人間が持つ高度な認知能力を、究極的には単純な回路の組み合わせであるコンピュータによって再現することは、長い間できないとされてきていました。 一方で、人間の知的営みの一つの側面であるパターン認識を、コンピュータで再現できないかと研究と工夫がなされた結果、限定的な問題に対して、そのようなことができる仕組みが作られてきました。これが機械学習であると言えます。 機械学習分野での古典的名著として知られているものの中に、『パターン認識と機械学習』と呼ばれる本があります。これは、機械学習が人間も行っているパターン認識に根差したものであることに基づいていると考えられます。 https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b294524.html つまり機械学習は、『ある一連の情報から特定のパターンを抽出する活動を、コンピュータによって可能にしたものである』といえます。 ではこのコンピュータによって可能になったパターン認識を、どのように活用するかについては。様々な種類、それぞれの目的があります。そこで今回は、機械学習を3つの種類に分類して、説明したいと思います。 機械学習の3つの分類 機械学習を分類するときに、次の3つの種類に分けることが可能です。 教師あり学習教師なし学習強化学習 順を追って説明させていただきます。 一つ目の教師あり学習と、二つ目の教師なし学習は、学習データの違いによって分類されます。 教師あり学習とは 教師あり学習概略図 教師あり学習とは、『ラベルや予測値などが与えられるデータや問題に対して、未知データに関する予測をおこなう』機械学習のことを指します。 例えば、同じ微細藻類の仲間であるクロレラとユーグレナのデータを、それぞれどちらがどちらであるかわかる形で予測分類モデルに学習のために渡したとします。 このとき、予測分類モデルは、それぞれのグループにおける特徴的なパターンを抽出して、どちらがなんであるかを判別できるかどうかを学習しようとします。そして、未知のデータ(学習に使ってない)ものに対して、適切に予測分類ができていることが、このモデルの性能を計るものになります。 前回のワインのデータセットに対する学習は、この教師あり学習にあたるものです。また、多変量解析で一般的な回帰分析も、教師あり学習の一種としてみなすこともできます。 教師なし学習とは 教師なし学習概略図 教師なし学習とは、『データ自体の持つ特徴的なパターンを、ラベルや予測値という観点に基づかず、そのまま人間が理解しやすいパターンに変換する』機械学習を指します。 教師なし学習は、教師あり学習に比べると少し抽象的に聞こえるかもしれません。例えば、クロレラとユーグレナのデータを、そのままモデルに入力して、そのモデルが持つアルゴリズムに基づきパターンを抽出しようとするものがあります。 教師あり学習をするためには、①データがそれなりの量が存在する②かつそれらに適切なラベルや予測値がついている、という2つの要素が必要になります。 一方で、世の中には必ずしもそういうデータだけがあるわけではありません。データ量が少ないものもあれば、ラベルを付けることに金銭的時間的コストがかかりすぎて目的に合致しないこともあります。 ですから、ラベルがない状況やデータ量が少ない状況などで、データにどのようなパターンや傾向があるかを見るために、教師なし学習が使われたりすることがあります。 強化学習とは 最後に説明するのが強化学習です。強化学習はこれまでの機械学習とは少し異なったものになります。 強化学習概略図 強化学習とは、『エージェントと呼ばれる存在が、その環境の中で受け取れる報酬を最大化しようとする中で、目的となる状態や解を実現させることを目的としている』機械学習を指します。 先述した2つのものとは異なり、ある環境での最適な振る舞いはどのようなものか、というパターンを学習するものになります。 例えば、仮想的なユーグレナの培養環境があったときに、その環境においてエージェントがユーグレナが増えたときに報酬が与えられるような環境でエージェントに学習をさせると、エージェントがこの環境における最適化を導き出してくれるということが、この強化学習の例になります。 これはもちろん仮想的なもので実際の培養に役立つとは限りません、実際の研究においてはもっと想定していない発見や手法によって研究は進歩していきます。ただ、あるパラメーターや組み合わせの最適化をしたいときには、こういった手法が役立つ可能性もあると考えられます。 最後に 以上が、機械学習についてのまとめになります。重要なことは 機械学習とは、データの中に存在するパターンの抽出、そして活用である。機械学習には様々なものがあり、目的やデータに合致したものを選択する必要がある。 以上で、機械学習の全体像になります。では次の回で、ユーグレナでおこなったアルコール飲料に対する機械学習の応用について説明させていただきたいと考えています。

  • アルコールとデータサイエンス -scikit-learn wine datasetの活用-

    アルコールとデータサイエンス 皆さんは『データサイエンス』と聞いてどのようなことを思い浮かべるでしょうか? 近年の情報技術の向上によって得られた大量のデータと、高性能な計算機が開発されたことによる処理の能力によって、データの中から知見を引き出そうという流れが強まっています。その一連の営みのことを『データサイエンス』と呼びます。 今回から始まる、『アルコール×データサイエンス』のシリーズでは アルコール飲料とデータサイエンスの関係性機械学習の大まかな分類とそれぞれの特徴ユーグレナ先端技術研究課でのアルコール飲料におけるデータサイエンス研究の紹介 を三部作でお届けしたいと思います。今回は『アルコール飲料とデータサイエンス』についてお話しさせていただきます。 アルコール飲料とデータサイエンスにどのような関係があるのか?と疑問に思われる方も多いかもしれません。しかしながら、長い間人類を魅了しているアルコール飲料を、もっと美味しいものにしたい!という考えのもと、近年そのような研究開発の重要性が高まっているという背景があります。 例えば、かの有名な『獺祭』を作っている旭酒造は、酒造りにデータサイエンスを取り入れたことで、高い品質の再現性と大量生産を確立しました(現在非公開)。 https://toyokeizai.net/articles/-/41798 酒造りは、伝統的に杜氏という職人文化によって支えられてきました。獺祭では杜氏がいない体制で酒造りをしており、優秀な杜氏がやっていたことを集団でやろうとしています。その中で、様々な形で酒造りの中でデータによる管理を行っています。具体的に挙げると、洗米という米を水洗いする行程では、コメの重量、洗う時間、水温などをすべて数値で計測し、コメに鳩首される水分量を0.2%以下の精度で調整できるようにしています。その日の気温によって少しずつ状況は変わりますので、数値を記録しながらその日に最適な条件にできるようにしてます。ほかにも、発酵の期間中には、さまざまなデータ(アルコール度数、日本酒度、糖度など)を毎日計測し、それぞれをすべて手書きでグラフにしています。毎日、その日に記録したデータから発行の進み具合を分析して、次の日の温度管理などを判断しています。獺祭では年間に900本当いう非常に多い本数の仕込みを行っていますので、繰り返しやっている中で「理想的な数値」がわかってきました杜氏のいない「獺祭」、非常識経営の秘密 これもデータサイエンスであり、データを活用して物事の改善をした大変良い例であるといえます。 データサイエンスとアルコール飲料の取り組みはこれだけに限ったものではありません。データサイエンスのために使われるプログラミング言語でpythonというものがありますが、その中で公開されているライブラリにscikit-learnというものがあります。このライブラリを活用することによって、データサイエンスの一つの分野である機械学習を活用することができます。 アルコールとデータサイエンスの活用(サンプルコード) 本記事では、簡単にその中でテストデータセットとして公開されているwine datasetというものを使って、機械学習のさわりを見てみたいと思います。 Wine datasetはカルフォルニア大学アーバイン校によって公開されている、Machine Learning Repository で公開されているもので、scikit-learnを使うことによって簡単に活用することができます。 ではコードに入ります。まず最初にライブラリを読み込みます。ローカルの環境でやるといろいろ設定が必要ですが、colabではただ次のようなものを実行するだけで十分です。 import numpy as np import pandas as pd import seaborn as sns import matplotlib.pyplot as plt import sklearn 今回使ったpythonとそれぞれのライブラリバージョンは次のようになります。 !python --version > Python 3.7.11 print('numpy :', np.__version__) print('pandas :', pd.__version__) print('seaborn:', sns.__version__) print('sklearn:', sklearn.__version__) > numpy : 1.19.5 > pandas : 1.1.5 > seaborn: 0.11.1 > sklearn: 0.22.2 データの確認・可視化 データセットを読み込みます。そしてデータセットのそれぞれの列の状況を確認しましょう。 from sklearn.datasets import load_wine wine = load_wine() df_x = pd.DataFrame(data=wine.data, columns=wine.feature_names) df_x.info() > RangeIndex: 178 entries, 0 to 177 > Data columns (total 13 columns): > # Column Non-Null Count Dtype > --- ------ -------------- ----- > 0 alcohol 178 non-null float64 > 1 malic_acid 178 non-null float64 > 2 ash 178 non-null float64 > 3 alcalinity_of_ash 178 non-null float64 > 4 magnesium 178 non-null float64 > 5 total_phenols 178 non-null float64 > 6 flavanoids 178 non-null float64 > 7 nonflavanoid_phenols 178 non-null float64 > 8 proanthocyanins 178 non-null float64 > 9 color_intensity 178 non-null float64 > 10 hue 178 non-null float64 > 11 od280/od315_of_diluted_wines 178 non-null float64 > 12 proline 178 non-null float64 > dtypes: float64(13) > memory usage: 18.2 KB これでそれぞれの列の名前と数、データ型がわかります。また、nullがないことを確認することも重要です。もし欠損値があった場合には適切に処理する必要があります。これ以外にもこれらのコードを実行すると、データを見ることができます。headで最初の5つのレコードが表示され、describeで記述統計量が表示されます。こういう基本的な確認はデータのイメージをつかむために重要です。出力は、ここでは省略させていただきます。 df_x.head() df_x.describe() 次に各変数の相関を見てみましょう。もし仮に回帰分析をするときには、強い相関がある者同士を排除する必要があります。相関を見るためにはseabornのパッケージを使うと便利です。 plt.figure(figsize=[19,10]) sns.heatmap(df_x.corr(),annot=True) 色が明るいものと真っ黒いものは相関係数の絶対値が相対的に高いことを意味します。 ここで改めてWine datasetについて説明させていただくと、このデータセットは142種類のワインに対して物理的/化学的特徴を測定したもので、このワインたちは使われているブドウの品種で3種類に分類することができます。その3種類について、別々の色付けを各変数同士で散布図を書きます。すべての変数ですると多すぎてこのサイトに収まりきらないので、いくつか抽出したものを載せます。 data = pd.concat([df_x[['alcohol', 'malic_acid', 'flavanoids', 'proline']], df_y], axis=1) sns.pairplot(data=data, hue='class', palette='tab10') これを見ることによって、各変数だけでもグループ間に差異があることがわかったり、2つの変数を使うことによって、よりグループ間の傾向に差があることを確認することができることがわかります。 機械学習(決定木モデルの学習と評価) 基本的なデータの確認が済んだので、ここから機械学習を中でも決定木アルゴリズムを使った予測というものをしていきたいと思います。 決定木アルゴリズムとは何でしょうか?決定木アルゴリズムとは、多次元データをもとに目的変数を予測、分類るための木構造を持ったモデルのことを指します。 通常の回帰モデルと異なり、非線形な関係を抽出できる点において、ニューラルネットワークと同様に高い予測精度と汎化性能を持っていることが知られていますが、ニューラルネットワークよりも説明変数の取り扱いが柔軟にできます。またモデルの構築も用意です。 決定木モデルには、シンプルに一つの木構造をもつものもありますが、複数の違う木構造のモデルによってより高い予測精度と汎化性能を求めようとするものもあります。今回はその中でも大きなデータセットでも効率的に学習ができるLightGBMと呼ばれるライブラリを使って、決定木アルゴリズムでワインのデータを学習するコードを載せます。 import lightgbm as lgb print('lightgbm:', lgb.__version__) > lightgbm: 2.2.3 まずワインのデータセットを再読み込みして、LightGBM用に変換します。今後精度を検証するために、学習データとテストデータで分割します。テストデータに学習データと同じものが入っている場合、モデルの一般性(汎化性能)に問題が出てしまうので、検証のためにあらかじめ分けることが必要です。 from sklearn.preprocessing import StandardScaler from sklearn.model_selection import train_test_split #データの再読み込み X1=load_wine() df_1=pd.DataFrame(X1.data,columns=X1.feature_names) Y_1=X1.target #説明変数の正規化 sc_1=StandardScaler() sc_1.fit(df_1) X_1=pd.DataFrame(sc_1.fit_transform(df_1)) #学習データとテストデータの分割 X_train,X_test,y_train,y_test=train_test_split(X_1,Y_1,test_size=0.3,random_state=0) #LightBGM用のデータセットに変換 d_train=lgb.Dataset(X_train, label=y_train) これで、あとはモデルのインスタンスをつくり、パラメーターを設定してあげれば学習を始めることができます。パラメーターは、今回考えるタスクがどのようなものであるかによって適宜設定してあげる必要があります。今回は多クラス分類であるので、次のように設定しています。 #パラメーターの設定 params={} params['learning_rate']=0.03 params['boosting_type']='gbdt' #GradientBoostingDecisionTree params['objective']='multiclass' #Multi-class target feature params['metric']='multi_logloss' #metric for multi-class params['max_depth']=10 params['num_class']=3 #no.of unique values in the target class not inclusive of the end value これをもとに、次のコードで学習をすることができます。あらかじめ分けておいたテストデータで予測性能を評価します。 #学習 clf = lgb.train(params = params,train_set = d_train,num_boost_round = 100) #予測 y_pred = clf.predict(X_test) y_pred = [np.argmax(line) for line in y_pred] ただし、この予測スコアは3つのクラスの確率で表されていることから、それぞれのデータに対して最大の確率を示しているクラスを予測結果として扱うことが適切です。numpyのargmaxでそのような処理が書かれています。 多クラス分類の性能評価には混合行列に基づく評価を用います。それぞれの評価の意味はこちらでまとめられています。 #予測結果の評価 print('precision score:', precision_score(y_pred,y_test,average=None).mean()) print('accuracy score', accuracy_score(y_pred,y_test).mean()) > precision score: 0.9470588235294118 > accuracy score ; 0.9444444444444444 このように、テストデータでも高い予測精度をもつモデルの学習ができたことがわかります。 最後に 今回の記事では、アルコール飲料とデータサイエンスということで、wine datasetを用いたデータの可視化や購買決定木アルゴリズムの適応を紹介しました。 次回の記事では、機械学習ってどういうものがなのかという、全体像についてご紹介できればと考えています。最後までお付き合いいただきありがとうございました。 <参考> https://nitin9809.medium.com/lightgbm-binary-classification-multi-class-classification-regression-using-python-4f22032b36a2

  • 【素材紹介】エルゴチオネイン

    以前の記事で、体の酸化と抗酸化物質について取り上げましたが、抗酸化物質には様々なものがあるのをご存じですか? 今日はそんな抗酸化物質の一つ、エルゴチオネインについてご紹介します。 エルゴチオネインの構造式 エルゴチオネインは、希少アミノ酸誘導体に分類される天然成分です。 一部のキノコや麹菌、放線菌などの微生物によって作られ、人間は体内で合成することができないため、これらの食品を食べることでのみ体に取り込むことができます。 エルゴチオネインは、非常に強い抗酸化活性を示すことが知られています。人の体内に最も多い抗酸化物質であるグルタチオンと比較すると、最大で30倍ほども高い活性酸素種消去能を持つともいわれています。 このエルゴチオネインが、健康成分として近年にわかに注目を集めてきています。 実は、ヒトの細胞にエルゴチオネインを特異的に取り込む働きをするトランスポーターがあることが明らかになり、ヒト細胞が高濃度にエルゴチオネインを蓄積していることもわかったのです。 人が、元来ヒトの体で作ることができないエルゴチオネインをこれほど積極的に利用しているということは大きなおどろきをもって受け入れられ、その後研究が進み、さらに驚くべきことがいくつもわかりました。 エルゴチオネインは、過酸化脂質と呼ばれ悪性物質の発生原因となるヒドロキシラジカルを唯一直接消去することができます。 また、神経変性疾患(アルツハイマー病やパーキンソン氏病)、うつ病、肌の老化、白内障など、全身の様々な疾患の抑制に効果があることもがわかっています。 このように体にとって非常に有益なエルゴチオネインですが、加齢に伴って細胞への蓄積量が低下することもわかっており、食べて摂取することで様々な加齢に伴う疾患を抑制することができます。 他の抗酸化物質とは異なる強力な活性をもつエルゴチオネインは、未来のエイジングケアの鍵となる素材かもしれません!

  • 【健康コラム】体の酸化と抗酸化活性

    皆さんは健康食品や化粧品などのヘルスケア商品を手に取るとき、『抗酸化活性』を気にして選んでいますか? 気にしているという方でも、実はその詳しい意味をご存じないという方は少なくないのではないかと思います。 今回は体の酸化と、それに抗う抗酸化活性について、簡単にご説明いたします。 言うまでもなく、我々生物は、呼吸をしなければ生きていけません。 しかし、そもそもなぜ呼吸をしなければ生きていけないのでしょうか? 『酸素を取り込むためでしょ』と考えられた方、大正解です。 ヒトの体は、無数の酸化還元反応の連鎖によってできています。食べ物を食べてエネルギーを取り出すことも、栄養を基に体を作ることも、いずれも酸化還元反応です。 酸化還元反応は、平たく言えば物質間での電子の受け渡しです。酸化還元反応によって物質間を行き来した電子の、最後に行きつく先こそが、呼吸によって取り込まれた酸素です。 このように、酸素は体内では「最終電子受容体」と呼ばれる役割を担います。 さて、酸素と電子が出会うと、最終的には水になるのですが、その過程で非常に活性が高い酸素種『活性酸素種』を生み出します。 この活性酸素種は、免疫機能の一部としても働くのですが、過剰に発生してしまった場合に体にとって有害で、例えば、老化の促進や細胞のガン化、肥満・糖尿病などの生活習慣病の誘発など、様々な悪影響を及ぼすことが知られています。 このように体内に体にとって有害な量の活性酸素種が存在している状態を、我々は"体が酸化している"と表現しているのです。 体内の活性酸素種量は、日々の生活と密接に関係しています。 例えば不規則な食事、体への過度な負荷、飲酒・喫煙、紫外線・放射線への暴露などは、体の活性酸素種量を増やすリスクがあると報告されています。 反対に、いったん増加してしまった活性酸素種を行動によって減らすこともできます。 『抗酸化活性』と呼ばれる効果を持つものがそれにあたり、食べ物などから体内に取り込むことで効果を発揮します。 代表的な抗酸化物質には、ビタミンE(トコフェロール)やポリフェノール、カルテノイドなどがあります。 体内で合成されるものだけでなく、これらが豊富に含まれる食事を意識的に執ることで、過剰に産生された活性酸素種を除去することもできるのです。 美容と健康に気を付け、いつまでも元気な日々を送るためには、体の酸化リスクを低く保つことが肝要です。 日常の食事からこれら抗酸化物質の摂取を意識することは難しいという方も、まずはサプリメント等から体の酸化度ケアを行ってみてはいかがでしょうか?