I.概要
第1回エルゴチオネイン・セレノネイン研究会が2020年10月8日(木)にオンラインにて開催されました。特別講演と一般演題合わせて10個の最先端研究の発表が行われ、参加者も200人以上に上り、活発な質疑応答も行われました。プログラムは以下の通りです。

主催:株式会社ユーグレナ
共催:健康長寿食品研究開発プラットフォーム(おー09)
後援:農林水産省 「知」の集積と活用の場
II.演題詳細
①「エルゴチオネインとヒト認知能の関わり」
〇柳田充弘 名誉教授(沖縄科学技術大学院大学G0細胞ユニット)
京都大学生命科学研究科と沖縄科学技術機構(後に大学院大学)で10年以上前に質量分析機を用いた新規メタボリズム研究を開始し、細胞寿命に関わるタンパク質やメタボライトの同定と機能を追求した(Pluskal et al, Mol. Biosyst. 2009; Takeda et al, PNAS, 2010)。分裂酵母の全メタボローム解析によって抗酸化物質であるエルゴチオネイン(以下EGT)含量が培地のグルコース飢餓により上昇し細胞寿命の延長が伴うことを見出した(Pluskal et al, FEBS J, 2011)。次いで窒素源飢餓でもEGT含量が上昇すること(Sajiki et al Metabolites 2013)を見出し、分裂酵母細胞の栄養飢餓に伴う大きな代謝変化の中でEGT並びにセレノネイン(Pluskal et al 2013 Plos One)など関連メタボライトが関わる代謝変動も判明した。EGTの抗酸化作用が寿命延長と関わるならば、EGTは高等生物にも存在するのでヒトを対象とする研究の意義も予想された。このラインの研究を発展させるために以降ヒト研究は京都大学医学研究科の近藤祥司准教授グループ等との共同研究を開始した。包括的な血液メタボロミックスを行うとヒト血液と分裂酵母のパターンは驚くほどよく似ていた(75%の相同性;Chaleckis et al 2014 Mol Biosyst)。しかしEGT含量は老化度(年齢経過)と関わるという結果はえられなかった。その代わり抗酸化の低下は年齢と共に起きるようであった(Chaleckis et al 2016, PNAS)。一方絶食下でEGT含量が血漿中で増大することも見出した(Teruya et al, Scientific Reports, 2019)。わたくしたちはさらにEGTが人の認知能維持と関わるかどうかをフレール患者からサンプルを得ることにより検証した(Kameda et al PNAS 2020)。認知能低下した患者ではEGT含量が有意に相関して低下した。フレール検定された患者ではさらにEGTに加えてS-methyl-EGT、トリメチルヒスチジンのような関連メタボライトも低下した。さらに認知能低下を伴わないサルコペニアとの比較も行った。EGTおよび関連メタボライトとヒト認知能との関係は大変興味深い。
②「トランスポーターSLC22A4を利用するエルゴチオネインの働き」
〇加藤将夫 教授(金沢大・薬学系)
トランスポーターは、細胞膜に存在し基質となる化合物の取り込みや排出に働く。我々はcarnitine/organic cation transporter 1(OCTN1/Solute carrier 22A4)の生体内での働きを解明したいと考え、その遺伝子欠損マウス(octn1-/-)を作製し、血液と臓器を対象に生体内代謝物の一斉分析(メタボローム解析)を行ったところ、octn1-/-がエルゴチオネイン(ERGO)を体内に持たないことを見出した (Pharm Res 27, 832, 2010)。野生型マウスはOCTN1によって体内にERGOを吸収後、臓器に分配し、腎臓で濾過されたERGOを再吸収することによって体内に留めるため、μM~mMレベルのERGOが体内に存在する。このことは生体がERGOを利用するため体内にトランスポーターを持っていると見ることもできる。以降、トランスポーターを利用しERGOを取り込む意味がどこにあるのかを明らかにしたいと考え研究を行っている。これまでの研究から、臓器炎症の抑制と神経新生・成熟に働く可能性を掴んでいる。実際、小腸虚血再灌流、肝線維化モデル、慢性腎臓病モデル等で野生型に比べoctn1-/-では組織破壊や酸化ストレスが顕著である一方、野生型マウスの炎症部位ではOCTN1が高発現しERGOを積極的に取り込んでいた。水溶性の高いERGOはトランスポーターがあってはじめて細胞膜を透過する。トランスポーターを使ってERGOを濃縮的に細胞内で働かせることが生体防御にとって有利なのかもしれない。ERGOの摂取が疾患の予防にどの程度有効か、さらに検討が必要である。一方、ERGOは水溶性が高いにもかかわらず脳への高い移行性を示し、神経細胞や神経幹細胞でOCTN1によって取り込まれる。ERGOは脳内でアミノ酸シグナルを介して神経栄養因子neurotrophin 5 (NT5)を誘導し、その受容体のリン酸化を促進するとともに、神経幹細胞を神経細胞に分化させる。神経細胞は自身に増殖能力がなく、増殖性細胞である神経幹細胞から神経細胞への分化は神経の新生を示唆する。実際、マウスに 2週間ERGOを経口投与すると記憶・学習能力の向上が見られ、これに神経新生が関わっているかもしれない。最近、(株)エル・エスコーポレーションとの共同研究によりERGOを多く含むタモギタケエキス末の摂取でヒトでも認知機能の向上が示され、ERGOの脳での働きが強く示唆される。


③「うつとアルツハイマー病の最新研究とエルゴチオネイン」
〇楯林義孝プロジェクトリーダー(公益財団法人東京都医学総合研究所・うつ病プロジェクト)
今後10〜 15年の間に超少子高齢化社会が本格的に日本を襲う。そのこと自体、長く危惧されて来たことではあるが、コロナ禍という想定外の要因も加味された現状、今後実際に何が起こるのか?その実態をリアルに理解するにはかなりの想像力が必要になった。さらに対応策まで考えるのは気の遠くなる作業となりつつある。
私の担当する分野では認知症(特にアルツハイマー病)やうつなどの精神疾患に如何に対応するか?がその最も大きな課題である。私はその最先端の研究現場にいるにも関わらず、現状あまり明るい未来は見えてこない。本講演では、実際私がどの様な危 機感を持っているのか?様々な方面から私なりに検証してみた事実をご紹介するとともに、その解決策としてエルゴチオネインがどの様な(重要な)位置付けにあるのか?皆様と一緒に考えていきたい。

④「低酸素適応におけるセレノネインの役割」
〇山下倫明教授(国立研究開発法人水産研究・教育機構水産大学校)
セレノネイン2-selenyl-Nα,Nα,Nα-trimethyl-L-histidine はマグロ類の血合筋や血液に高レベルに含まれる主要なセレン化合物である。強力なDPPHラジカル消去活性(RS50値 1.9μM)を有し、ビタミンE誘導体Trolox®(RS50=880)およびエルゴチオネイン(RS50=1700)と比べて著しく高かった。セレノネインを培養細胞や赤血球に投与するとorganic cations/carnitine transporter 1(OCTN1)を介して細胞内に取り込まれ、活性酸素種の生成を抑制することで、ヘムのメト化を抑制した。ブリに投与するとヘモグロビンの酸素解離曲線が右方シフトし、酸素貯蔵能が上昇した。また、セレノネインの蓄積によって筋肉の酸化還元電位が低下し、生体抗酸化作用が向上した。魚類および哺乳類でのセレノネインの蓄積と分布を調べた結果、セレノネインは赤血球に多く含まれ、血漿には含まれなかった。クロマグロの赤血球中には53 mg Se/kgと高レベルに含まれていた。マグロ類、サバ類などの赤身魚の組織に多く含まれており、ニワトリ心臓、ブタ腎臓などの家畜内臓にも痕跡程度に検出された。
鹿児島県離島での健康調査によって、ヒトの赤血球でも、総セレン含量は0.51 mg/kg、セレノネイン含量は0.21 mg Se/kg検出され、魚食頻度に応じて蓄積した。カナダイヌイットの疫学調査では、魚食由来のセレンは心筋梗塞や高血圧予防に関与することが報告されている。魚食によるセレノネインの摂取は、生活習慣病や老化の予防効果が期待される。魚食由来のセレンによる健康機能性を調査するためには、全血または赤血球画分を用いてセレノネイン含量を測定する必要がある。従来の研究では、血清画分がセレンの測定に用いられるが、血清にはセレンタンパク質が含まれ、セレノネインは赤血球に局在するので、魚食由来セレンの蓄積を測定するためには赤血球を用いる必要がある。
これまでの研究成果からセレノネインの生理作用として、①ラジカル生成の防止、②捕捉したラジカル・メチル水銀のエクソソームを介する分泌、③ヘム鉄の自動酸化防止、④金属酵素の阻害、⑤チオール基の化学修飾、⑥セレンタンパク質遺伝子の転写・翻訳調節、⑦レドックス状態のシグナル、⑧ NA損傷修復、などが推定される。このことから、海洋生物では低酸素や深海環境、飢餓、高水温への適応、陸上動物では低酸素や高地への適応、過酸化物の解毒などへの関与が考えられる。

⑤「セレノネインの標準品製造と代謝研究」
〇世古卓也研究員(水産機構・水技研・環境・応用部門・水産物応用開発部)
セレノネインは、サバ類、マグロ類に多く含まれ、強力な抗酸化能を有することから新たな機能性成分としての利用が期待されている。その含有量測定や機能性評価に精製セレノネインは必須であるが、水産加工残滓を原料としていることや、夾雑物が多いことから標準品を安定的に得るのは困難であった。また、セレノネインの機能性研究が進展する一方で、安全性評価に必要な動態や代謝研究は十分に行われていなかった。本研究では、分裂酵母 株の産生物を用いて、セレノネインの標準品製造に必要な新たな精製法を検討した。また、同位体標識したセレノネインを精製し、マウスに投与することでその臓器蓄積や代謝を評価した。
酵母遺伝資源センターから提供された遺伝子組換分裂酵母株(FY25320)に既報の方法でセレノネインを産生させた。菌体の熱水抽出物をHPLCと逆相カラム(C30)で粗精製した後、ペンタブロモベンジル基を有するカラム(PBr)でセレノネイン単量体をエルゴチオネインから分離・精製した。同位体標識セレノネインはSe-76セレン酸を用いて生合成し、上記と同様の方法で精製した。代謝試験は Balb/cマウスに標識セレノネイン水溶液を胃ゾンデ法及び飲水で投与し、各種臓器と尿を回収した。セレノネインの分析にはLC-PDA-HRMSとICP-MSを用いた。
C30とPBrの2種のカラムを用いてセレノネイン単量体の分離に成功した。しかしセレノネイン単量体は水中で瞬時に二量体を形成し、単量体と二量体の混合物もしくは二量体しか得られなかった。Se-76標識セレノネイン二量体をマウスに投与したところ、尿中からSe-76メチルセレノネインが検出され、セレノネインは検出されなかった。投与した標識セレノネインはすべて二量体であったため、セレノネイン二量体は消化系もしくは生体内で還元され、メチル化されて排出されることが推測された。また、赤血球、肝臓、腎臓、脾臓にセレノネインの蓄積が認められた。

⑥「北海道産きのこの利用拡大に向けて-特産きのこタモギタケ新品種の開発-」
〇米山彰造研究主幹(道総研・林産試)
タモギタケ(Pleurotus cornucopiae var. citrinopileatus)は,北海道・東北地方を中心に消費されてきた。最近では,品種改良によって日持ちが改善し,東京・大阪方面にも生鮮物が出荷されるとともに,タモギタケ独特の風味や多様な機能性効果が好まれ,国内全域で消費されるようになった。生産量の拡大にともない,北海道立総合研究機構 林産試験場では,品種改良を重ね,生産効率の向上や生鮮および加工に適した品種を開発し,開発品種の国内シェアは 50%以上の 300トン程度で推移している。今後も用途開発による生産量拡大を目指している。
一方,タモギタケは多量の胞子を飛散し,ヒトへの影響や栽培施設の汚染が問題となっており,演者らは突然変異育種により無胞子性タモギタケを開発してきた。また,タモギタケは,高い抗酸化能や記憶学習向上作用を有するアミノ酸の一種であるエルゴチオネイン(EGT)の含量が他のきのこ種に比べ高いが,本菌における EGT含量は菌株間によって大きく異なることを把握した。そこで,演者らは EGT高含量株と無胞子性を付与した菌株を素材として,無胞子性と EGT高含量特性を併せ持つ菌株を二つの方法により,開発した。一つは常法(無胞子性株と EGT高含量株の交配とEGT含量評価)により,無胞子性EGT高含量株を選抜した。もう一つは,育種の効率化のため,植物分野で利用されているTILLING ( Targeting Induced Local Lesions in Genomes ) 法を用い,EGT生合成遺伝子を標的として,変異体リソースからEGT高含量自殖株を得,当該自殖株と既得の無胞子性変異株の交配により,両形質を併せ持つ無胞子性EGT高含量株を作出した。さらに,本研究では,選抜の過程において,無胞子性DNAマーカーの開発およびEGT含量形質のQTL解析による原因遺伝子の探索も行い,タモギタケの分子育種技術の基盤を構築した。
なお,本報告はイノベーション創出強化研究推進事業(開発研究ステージ27036C)の研究成果を日本きのこ学会,日本木材学会,日本菌学会および日本育種学会で報告した内容の一部である。

⑦「雪国まいたけとエルゴチオネイン」
〇田中昭弘 研究開発推進役(株式会社雪国まいたけ・研究開発部)
我々は、エルゴチオネイン(ERG)の製品化研究を 2011年に開始したが、何故、当時この物質に着目したか、そして現在の当社の開発状況および、世界における ERGの最近の研究動向について論文を紹介する。
研究に着手した10年前は、市場で販売されている純粋なERGは合成品でしかも高価格で、天然由来の精製品は販売されていなかった。ERGはもともと名前の由来にある様に、麦角菌から発見され、キノコ(担子菌類)、麹菌などの真菌類、放線菌、シアノバクテリアといった微生物が産生することが知られていた。そこで、当社が販売するキノコのうち、ERGが多く含有されるヒラタケ類のエリンギに着目し、乾燥子実体からの抽出方法ならびに精製方法を検討し、純粋なERGの取得方法を確立した。現在はエリンギ子実体からの取得方法に加え、更に ERGを多く含有するタモギタケの子実体、また、大量培養しやすいタモギタケ菌子体から純粋なERGを製造することに成功した他、ERG高含有抽出物やERG高含有子実体粉末などの製品開発に至っている。
一方で着手当時は、ERGが各種活性酸素を消去する高い抗酸化能を有し、ミトコンドリアのエネルギー産生による宿命的な酸化ストレスを低減するなど、その有用性について想定される多くの報告があったが、その具体的な機能性について、決め手となるような報告は少なかった。しかし、ここ数年、酸化ストレスと密接な関連があるうつ病やアルツハイマー病などの神経変性疾患に対する有効性が薬理学的に示され、また、キノコを多く摂取することが軽度認知症への移行を抑制し、その作用がERGによるところが大きいという臨床研究が発表されている。
更に、新型コロナ患者の治療に役立つかもしれないというレビューがメタ解析結果ではあるが発表されるなど、その機能性に関して、ERG発見以来100年以上経たつい最近、漸く人類にとっての真の有用性が示されてきていると感じている。
ERGがその有用な機能性にもかかわらず普及してこなかった大きな理由としては、研究のための純品のあまりの価格の高さがボトルネックになっていたことが考えられ、我々としては、純品を安価に提供してERGの研究がさらに加速し、また、ERG関連製品のより安価な消費者への提供と普及が人類の健康と福祉に役立つことを期待している。

⑧「微細藻類ユーグレナに関連したエルゴチオネイン研究の可能性」
〇鈴木健吾執行役員(株式会社ユーグレナ・執行役員 研究開発担当)
発酵産業において、有用成分であるエルゴチオネイン等に係る硫黄関連の代謝について注目されているが未知の部分も多く存在している。株式会社ユーグレナでは、微細藻類ユーグレナを用いた社会課題の解決を目指す中で、有用成分の増減に関与し、細胞内酸化還元状態の指標となるメタボロミクスも重要な研究のテーマとして位置付けている。
微細藻類ユーグレナはワックスエステル発酵と呼ばれる代謝経路を持っており、周囲に酸素がない条件において細胞内にワックスエステルを合成し蓄積することが知られている。このワックスエステル発酵において硫黄化合物の代謝が伴われることが経験的に予想されており、これを調べるために硫黄のメタボロミクスを試みた。通常状態と、ワックスエステル発酵させた培養液の上清、及び沈殿(細胞)のそれぞれで硫黄メタボロームを比較した結果、ワックスエステルの生産に対応して、グルタチオンが減少し、含硫アミノ酸が増加する様子が確認された。また同様に、ワックスエステル発酵において、タンパク質の分解も含硫アミノ酸の増加に寄与していることが確認され、ワックスエステル合成経路の副次的な代謝反応の理解を得ることができた。
さらに、ユーグレナにおいて硫黄メタボロミクスを実施する過程で、微量ではあるが、エルゴチオネインもユーグレナ自身が合成・蓄積することが見出された。ユーグレナのエルゴチオネインもワックスエステル発酵に伴い減少する様子であるため、この減少を防ぎつつ、高含有化させるための手法を開発することで、ユーグレナ素材の新たな魅力にできるのではないかと期待している。また、米麹の生産プロセスにユーグレナを添加して作製する株式会社ユーグレナの商品『ミドリ麹』においては、従来の方法で生産した米麹と比較してエルゴチオネイン含有量が約 2.9倍になることを確認した。麹の持つ抗酸化機能の一部はエルゴチオネインに由来すると考えられるので、その機能を強化することができる可能性が示唆されたと考えられる。
これらの事例などから、エルゴチオネインを含めた硫黄メタボロームの分析結果は、生物生産の現象理解から、素材としての特性を理解することによる販売方針決定の参考になることを示した。今後も、硫黄メタボロミクスを自分たちの研究開発の効率的な進捗の一助としていく予定である。

⑨「エルゴチオネインの組換え微生物による発酵生産」
〇佐藤康治 助教(北大院・工)
Ergothioneine (ERG) は含硫アミノ酸の一種で、その抗酸化活性や生理的な役割が注目されている化合物である。ヒトはERGを生合成できず食事より摂取しているが、摂取源はキノコなど限定的で、かつ含有量も低い。近年、健康志向の高まりから栄養補助食品としての利用が拡大しているが高価であり、広く普及するには至っていない。したがって、新たな供給源として、安価で安定供給が可能な微生物による発酵生産が注目されている。我々は組換え大腸菌やコウジカビによる発酵生産に取組んでおり、その研究成果の一端を紹介する。
大腸菌は、古くから物質生産に広く用いられている有用な宿主である。しかし、大腸菌はERG非生産菌であるため、生合成経路の再構築による異種宿主生産について検討した。ERG生合成遺伝子が同定されたMycobacteria由来egtABCDE遺伝子を用い、5ステップからなるERG生合成経路を再構築し、各遺伝子の高発現と基質添加条件等を検討し、24 mg/LのERG生産を達成した (Agric. Food Chem. 66, 1191, 2018)。しかし、初発中間体であるhercynine (HER) が著量蓄積しており、これを基質に用いるEgtBが律速反応と考えられたので改善を試みた。EgtBはアミノ酸配列に基づき5つのクレードに分類される。Mycobacteria由来EgtBはクレード1に分類され、HERとγ-glutamylcysteineを基質にhercynyl-γ-glutamylcysteine sulfoxideを生成する。他方、クレード2のEgtBはHERとL-cysteineから hercynyl-cysteine sulfoxideを生成するため、合成経路を3ステップに短縮でき、より効率的な生産が期待された。そこで、高活性なクレード 2タイプEgtBを探索し、上記異種宿主発現に利用した結果、最終的に生産性を657 mg/Lに向上させることができた (J. Agric. Food Chem. 68, 6390, 2020)。
また別宿主として、日本の伝統的発酵食品の製造に用いられているコウジカビを用いたERG生産の可能性についても検討しており (Biosci. Biotechnol. Biochem. 83, 181, 2019)、その成果についても合わせて紹介する。

⑩「エルゴチオネインの農畜産・水産食品への活用」
〇大島敏明名誉教授(海洋大・海洋生命科学)
エルゴチイン(ERG)は強いラジカル消去能を有し,油脂やヘムタンパク質の酸化を抑制する。一方,ポリフェノールオキシダーゼ(PPO)の活性を阻害する。食用キノコの中でも,タモギタケ,エノキタケ,ヒラタケなどのERG含量は比較的高い。
ブリ(ハマチ)は血合肉の鮮やかな赤色が好まれるが、ミオグロビン(Mb)の酸化(メト化)による肉色の暗褐色化の進行が速い。エノキタケ抽出物中のERGは経口的に生体組織に取り込まれ,冷蔵中のハマチ肉においては血合肉Mbのメト化と脂質酸化が有意に抑えられ、肉色の劣化が遅くなった。高品質食材として,海外市場への展開が待たれる。
採卵鶏および数種家畜においても、給餌によりERGの体組織への取り込みが起こる。さらに,飼料を通してERGを取り込んだ組織では脂質酸化が有意に抑制された。ERG強化鶏卵は既に製品化されている。
生鮮エビ・カニ類の貯蔵中に進行する身肉および外殻表面の黒変は,PPOによりポリフェノール類から酸化生成されるキノン体の化学的重合物であるメラニンの蓄積に起因する。活エビ・カニ類ではキノン体はほとんど存在しないが,斃死後には体液(へモリンフ)中に急速に増加する。ERGはクルマエビとベニズワイガニのPPO前駆体合成に関わる遺伝子発現を抑制し,同時に銅との錯体を形成することから,PPO活性が強く抑制されるものと考えられた。バナメイエビおよびブラックタイガーエビ,日本海で漁獲されるベニズワイガニ,養殖クルマエビに対して活状態でキノコ抽出液への浸漬処理を実施したところ,その後の冷蔵中に黒変防止効果が得られた。食添として使われる亜硫酸ナトリウムを代替する天然素材としての需要が考えられる。
このように、きのこ由来のERG含有抽出物を家畜に与えることにより、メトMb生成に起因する肉色の暗褐色化ならびに脂質酸化を起こしにくい高品質な魚肉や食肉・鶏卵を創作できた。さらに,化学合成品に頼らない天然嗜好のエビ・カニ類を流通できることも示された。
今後,ERGを強化した農畜産・水産品の摂食がヒトの健康機能に及ぼす影響に関する応用研究は,急速に進展するものと期待される。

III.まとめ
国内の産学官のエルゴチオネイン・セレノネイン研究開発者が一同に会し、智恵を結集し、国際競争力を有する研究推進へと繋げ、同時に消費者への認知・理解も普及する活動の一環とすべく、第1回研究会が滞りなく開催されました。本研究会が知の集積、健康長寿のプラットフォームとして継続的に開催され、人類社会の未来に向けた有意義な会として発展していくことが期待されます。